・・・それでいて痰がこう咽喉へからみついてて、呼吸を塞ぐんですから、今じゃ、ものもよくは言えないんでね、私に話をして聞かしてと始終そういっちゃあね、詰らないことを喜んで聞いていらっしゃるの。 どんなにか心細いでしょう。寝たっきりで、先月の二十・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・と善平はそのまま目を塞ぐ。あれお休みなさってはいやですよ。私は淋しくっていけませんよ。と光代は進み寄って揺り動かす。それなら謝罪ったか。と細く目を開けば、私は謝罪るわけはありませぬ。父様こそお謝罪りなさるがいいわ。 なぜなぜと仰向けに寝・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・兼ねて期したる事とは言え、さてお正は既にいないので、大いに失望した上に、お正の身の上の不幸を箱根細工の店で聞かされたので、不快に堪えず、流れを泝って渓の奥まで一人で散歩して見たが少しも面白くない、気は塞ぐ一方であるから、宿に帰って、少し夕飯・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・そしたら彼所を塞ぐことにして今は唯だ何にも言わんで知らん顔を仕てる、お徳も決してお源さんに炭の話など仕ちゃなりませんぞ。現に盗んだところを見たのではなし又高が少しばかしの炭を盗られたからってそれを荒立てて彼人者だちに怨恨れたら猶お損になりま・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・わたしは何故久しく筐底の旧稿に筆をつぐ事ができなかったかを縷陳して、纔に一時の責を塞ぐこととした。題して『十日の菊』となしたのは、災後重陽を過ぎて旧友の来訪に接した喜びを寓するものと解せられたならば幸である。自ら未成の旧稿について饒舌する事・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・しからずんば、いたずらに筆を援りて賛美の語をのべ、もって責めを塞ぐ。輓近の文士往々にしてしかり。これ直諛なるのみ。余のはなはだ取らざるところなり。これをもって来たり請う者あるごとにおおむねみな辞して応ぜず。今徳富君の業を誦むに及んで感歎措く・・・ 中江兆民 「将来の日本」
・・・百里の遠きほかから、吹く風に乗せられて微かに響くと思う間に、近づけば軒端を洩れて、枕に塞ぐ耳にも薄る。ウウウウと云う音が丸い段落をいくつも連ねて家の周囲を二三度繞ると、いつしかその音がワワワワに変化する拍子、疾き風に吹き除けられて遥か向うに・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・だから右の手で籠の戸を明けながら、左の手をその下へあてがって、外から出口を塞ぐようにしなくっては危険だ。餌壺を出す時も同じ心得でやらなければならない。とその手つきまでして見せたが、こう両方の手を使って、餌壺をどうして籠の中へ入れる事ができる・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・こっちから何か話し掛けると、実の入っていないような、責を塞ぐような返事を、詞の調子だけ優しくしてする。なんだか、こっちの詞は、子供が銅像に吹矢を射掛けたように、皮膚から弾き戻されてしまうような心持がする。それを見ると、切角青山博士の詞を基礎・・・ 森鴎外 「かのように」
出典:青空文庫