・・・「好い塩梅ですね。」「今度はおさまったようでございます。」 看護婦と慎太郎とは、親しみのある視線を交換した。「薬がおさまるようになれば、もうしめたものだ。だがちっとは長びくだろうし、床上げの時分は暑かろうな。こいつは一つ赤飯・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「それじゃ帳場さん何分宜しゅう頼むがに、塩梅よう親方の方にもいうてな。広岡さん、それじゃ行くべえかの。何とまあ孩児の痛ましくさかぶぞい。じゃまあおやすみ」 彼れは器用に小腰をかがめて古い手提鞄と帽子とを取上げた。裾をからげて砲兵の古・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・……いえね、いよいよとなれば、私は借着の寸法だけれど、花柳の手拭の切立てのを持っていますから、ずッぷり平右衛門で、一時凌ぎと思いましたが、いい塩梅にころがっていましたよ。大丈夫、ざあざあ洗って洗いぬいた上、もう私が三杯ばかりお毒見が済んでい・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・瞳を返して、壁の黒い、廊下を視め、「可い塩梅に、そっちからは吹通さんな。」「でも、貴方様まるで野原でござります。お児達の歩行いた跡は、平一面の足跡でござりまするが。」「むむ、まるで野原……」 と陰気な顔をして、伸上って透かし・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・ 何か、いろんな恐しいものが寄って集って苛みますような塩梅、爺にさえ縋って頼めば、またお日様が拝まれようと、自分の口からも気の確な時は申しながら、それは殺されても厭だといいまする。 神でも仏でも、尊い手をお延ばし下すって、早く引上げ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ しかしね、こんな塩梅ならば、まあ結構だと思って、新さん、あなたの処へおたよりをするのにも、段々快い方ですからお案じなさらないように、そういってあげましたっけ。 そうすると、つい先月のはじめにねえ、少しいつもより容子が悪くおなんなす・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・どうもお値段の塩梅がね。」 女中も帳場も皆笑った。 ロイドめがねを真円に、運転手は生真面目で、「多分の料金をお支払いの上、お客様がですな、一人で買切っておいでになりましても、途中、その同乗を求むるものをたって謝絶いたしますと、独・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・可い塩梅に誰も居ないから。」 促して、急いで脱放しの駒下駄を捜る時、白脛に緋が散った。お千も慌しかったと見えて、宗吉の穿物までは心着かず、可恐しい処を遁げるばかりに、息せいて手を引いたのである。 魔を除け、死神を払う禁厭であろう、明・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・その目からも、ぶよぶよした唇からも、汚い液が垂れそうな塩梅。「お慈悲じゃ。」と更に拝んで、「手足に五寸釘を打たりょうとても、かくまでの苦悩はございますまいぞ、お情じゃ、禁厭うて遣わされ。」で、禁厭とは別儀でない。――その紫玉が手にした白金の・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・人形使 ううむ堪らねえ、苦しいが、可い塩梅だ。堪らねえ、いい気味だ。画家 (土手を伝わって窪地に下りる。騒がず、しかし急ぎ寄り、遮り止貴女、――奥さん。夫人 あら、先生。(瞳をくとともに、小腕画家 ウイスキーです――清涼剤に・・・ 泉鏡花 「山吹」
出典:青空文庫