・・・の気象を養ったら、何となく人生を超絶して、一段上に出る塩梅で、苦痛にも何にも捉えられん、仏者の所謂自在天に入りはすまいかと考えた。 そこで、心理学の研究に入った。 古人は精神的に「仁」を養ったが、我々新時代の人は物理的に養うべきでは・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・女房のいしが、「婆さま、塩梅どうだね」と尋ねて行った。彼女は間もなく戻って、気味わるそうに仙二に告げた。「――あの婆さま――死ぬんじゃあんめえか」「そんなか?」「なんだか――俺やあな気がしたわ」 仙二が行って見た。翌・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・ 後から来た車がいかにも得意らしくスイスイと通り越して行くと私はかんしゃくを起して蹴込をトントン蹴った、それでもズドンズドンしたらよけいおそくなるからと思っていいかげん塩梅してストンストンやってかすかな満足を得ようとする自分の心が私には・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・でフぬけとなるよう、塩梅しているところは巧なものである。 男や軍人が書いたのでは陳腐だというので、警察官の女房などにわざわざ「満州里遭難血涙記」を書かせ、公爵近衛文麿の戦争をけしかける論文。今ジェネヴで「泥棒にも三分の理」にさえならぬ図・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・「どういう塩梅に、共同耕作が組織されたか――何も分らん。どんな工合に発達したか――こいつも分らねえ。トラクター以外にゃ何も経営的なもんが説明されてねえんだ」 ザイツェフには、集団農場生活の活々した描写の代りに作者が余分に恋愛を書いて・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・いい。いい塩梅だ!」「これだけ降っちゃデモれないからな」 彼等は、上野の山で解散したデモのくずれが、各所で狼火のような分散デモを行うことを、かくも戦々兢々と恐怖していたのである。 自分は初め、何のために高等へ出しておかれたのか分・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・もし門がしまっていたら、私が押すからいねちゃん崖をのぼって下さいと云い云い行ったらいい塩梅に門はあいていて、白く浮んだ建物の上に、松のかげの上に空一杯の星。 マア何て沢山の星なんだろ。気味がわるいくらいだね、そういいながら仰ぎ見ました。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・スエ子の糖尿がいい塩梅にこの頃は少しましです。でもずっと注射して居ります。私はオリザニンの注射カムフルの注射で飽きあきしてスエ子の一日に二度の注射を傍目にも重荷のように眺めます。スエ子は目下職業をさがしています。 きのうは、繁治さん、栄・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・その夏、品川の伯父さんは、子供らにとってごく身近で、大磯のどこかにも来ていられるのかもしれないような塩梅だった。それでも、お目にかかったことは一遍もなかった。 中條の子供は、どういう工合でだったか一人も、西村の伯父上にお目にかかったもの・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・かし奥様がどことなく萎れていらしって恍惚なすった御様子は、トント嬉かった昔を忍ぶとでもいいそうで、折ふしお膝の上へ乗せてお連になる若殿さま、これがまた見事に可愛い坊様なのを、ろくろくお愛しもなさらない塩梅、なぜだろうと子供心にも思いました。・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫