・・・河面一面にせり合い、押し合い氷塊は、一度に放りこまれた塵芥のように、うようよと流れて行った。ある日、それが、ぴたりと動かなくなった。冬籠もりをした汽船は、水上にぬぎ忘れられた片足の下駄のように、氷に張り閉されてしまった。 舷側の水かきは・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・プロレタリアートは、たゞブルジョアジーを武装解除した後にのみ、その世界史的見地に叛くことなく、あらゆる武器を塵芥の山に投げ棄てることが出来る。そしてプロレタリアートは、また疑いもなく、このことを成遂げるであろう。」と。 新しく入営する青・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・高邁の理想のために、おのれの財も、おのれの地位も、塵芥の如く投げ打って、自ら駒を陣頭にすすめた経験の無い人には、ドン・キホオテの血を吐くほどの悲哀が絶対にわからない。耳の痛い仁も、その辺にいるようである。 私の理想は、ドン・キホオテのそ・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・弱い、踏みにじられたる、いまさら恨み言えた義理じゃない人の忍びに忍んで、こらえにこらえて、足げにされたる塵芥、腐った女の、いまわのきわの一すじの、神への抗議、おもんの憤怒が、私を泣かせた、ここを忘れてはならない、人の子、その生涯に、三たび、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・大量塵芥製造工場のようなものである。また万引奨励機関でもある。 これらの現象もやはり交通文明の発達と聯関しているようである。 小さな不連続線が東京へかかったと見えて、狂風が広小路を吹き通して紳士の帽を飛ばし淑女の裾を払う。寒暖二様の・・・ 寺田寅彦 「猫の穴掘り」
・・・極めて貴族的な純白のコリーが、独特にすらりと長い顔、その胴つき、しなやかな前脚の線をいっぱいにふみかけ、大きい塵芥箱のふたをひっくりかえして、その中を漁っているのであった。人気ない樹かげと長い塀との間の朝の地べたから巨大な白い髄が抽け出たよ・・・ 宮本百合子 「犬三態」
・・・よく成ろうとする無数の力、発展しようとする発芽の希願は、厚い塵芥の堆積の下で、恐るべき長時間を過さなければならないのでございます。 私は明かに私共の仲間である多くの若き女性が、少くとも次の時代に於て、何等か有形の発展を遂げ得る動機を各自・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・本と一緒にいる時だけゴーリキイがそこから逃げ出したいと思いつづけている製図師一家のだらけて、悪意がぶつかり合っている環境が遠のいた。塵芥捨場となっている穢い窪地。青いどろどろの水溜り。サーシャの呪や、番頭の盗みや、忘られぬ靴屋の主人の褐色の・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・お佐代さんにはたしかに尋常でない望みがあって、その望みの前には一切の物が塵芥のごとく卑しくなっていたのであろう。 お佐代さんは何を望んだか。世間の賢い人は夫の栄達を望んだのだと言ってしまうだろう。これを書くわたくしもそれを否定することは・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫