もとより何故という理はないので、墓石の倒れたのを引摺寄せて、二ツばかり重ねて台にした。 その上に乗って、雨戸の引合せの上の方を、ガタガタ動かして見たが、開きそうにもない。雨戸の中は、相州西鎌倉乱橋の妙長寺という、法華宗・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ あの墓石を寄せかけた、塚の糸枠の柄にかけて下山した、提灯が、山門へ出て、すこしずつ高くなり、裏山の風一通り、赤蜻蛉が静と動いて、女の影が……二人見えた。昭和十四年七月 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・と勒された墓石は今なお飄々たる洒脱の風を語っておる。 椿岳は生前画名よりは奇人で聞えていた。一風変った画を描くのは誰にも知られていたが、極彩色の土佐画や花やかな四条派やあるいは溌墨淋漓たる南宗画でなければ気に入らなかった当時の大多数の美・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と重ねていうと、「墓碑なら書くよ、生きてる中は険呑だから書かんが、死んだら君の墓石へ書いてやろう、」といった。「調戯じゃない。君と僕とドッチが先きへ死ぬか、年からいったって解るじゃないか。」「そりゃア解ってるさ。君のようにむやみと薬・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・寺の横を通ったときには、もう雪が地の上にますます積もって墓石の頭がわずかばかりしか見えていませんでした。子供らは自分の村をすこし離れたところに学校がある。そこへ歩いてゆくのでした。村を出ると、広々とした野原がありました。野原は一面に見渡すか・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・そして、地下にある人の思想と、趣味とを考慮してか、それとも無意識的にか、其処に建設された墓石と、葬られた人とを想い併せて、不自然に考えることもあれば、また、苦笑を禁じ得ざることもあるのである。 ラスキンは言ったのである。死者は、よろしく・・・ 小川未明 「ラスキンの言葉」
・・・それからお経が始まり、さらに式場が本堂前に移されて引導を渡され、焼香がすんですぐ裏の墓地まで、私の娘たちは造花など持たされて形ばかしの行列をつくり、そこの先祖の墓石の下に埋められた。お団子だとか大根の刻んだのだとかは妻が用意してきてあった。・・・ 葛西善蔵 「父の葬式」
・・・そして一つの墓石に名前をつらねる。「夫婦は二世」という古い言葉はその味わいをいったものであろう。 アメリカの映画俳優たちのように、夫婦の離合の常ないのはなるほど自由ではあろうが、夫婦生活の真味が味わえない以上は人生において、得をしている・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・今は二人の骨は一緒に埋められて、一つの墓石となられたであろう。 それではかようにして別離した者は再び相合うことはないのであろうか。これは人間として断腸の問いである。私は今春、招魂祭の夜の放送を聞いて、しみじみと思ったのである。近代の知性・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・その自然石の墓の前に行った。そして花などを供えた。その墓石は私にとっては、決してもう他人の墓石ではなかった。その友だちの植えた檜の木ももう蔭をなしていたが、最近行った時には、周囲の垣がこわれて、他の墓との境界がなくなっていた。――『東京・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
出典:青空文庫