・・・「氷を壊しているんだよ」自分は迂闊を恥じながら、「電燈をつければ好いのに」と云った。「大丈夫だよ。手探りでも」自分はかまわずに電燈をつけた。細帯一つになった母は無器用に金槌を使っていた。その姿は何だか家庭に見るには、余りにみすぼらしい気のす・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・この上は靴を壊して見るよりほかはない。――そう思った副官は、参謀にその旨を話そうとした。 その時突然次の部屋から、軍司令官を先頭に、軍司令部の幕僚や、旅団長などがはいって来た。将軍は副官や軍参謀と、ちょうど何かの打ち合せのため、旅団長を・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ これは江戸の昔から祖父や父の住んでいた古家を毀した時のことである。僕は数え年の四つの秋、新しい家に住むようになった。したがって古家を毀したのは遅くもその年の春だったであろう。 二 位牌 僕の家の仏壇には祖父母の・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・のみならずまた曾祖母も曾祖父の夜泊まりを重ねるために家に焚きもののない時には鉈で縁側を叩き壊し、それを薪にしたという人だった。 三 庭木 新しい僕の家の庭には冬青、榧、木斛、かくれみの、臘梅、八つ手、五葉の松などが植・・・ 芥川竜之介 「追憶」
・・・政治狂が便所わきの雨樋の朽ちた奴を……一雨ぐらいじゃ直ぐ乾く……握り壊して来る間に、お雪さんは、茸に敷いた山草を、あの小石の前へ挿しましたっけ。古新聞で火をつけて、金網をかけました。処で、火気は当るまいが、溢出ようが、皆引掴んで頬張る気だか・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・これを貸すと、君はすぐに、壊してしまうもの。」といいました。「大事にして持っているから、ちっとばかり貸してくれない?」と、良吉は目に涙をたたえて頼みました。「僕は、人に貸すのはいやだ。」といって、力蔵は貸してくれませんで・・・ 小川未明 「星の世界から」
・・・散髪屋は釜を壊していた。自分が洗ってくれと言ったので石鹸で洗っておきながら濡れた手拭で拭くだけのことしかしない。これが新式なのでもあるまいと思ったが、口が妙に重くて言わないでいた。しかし石鹸の残っている気持悪さを思うと堪らない気になった。訊・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・「この頃学校じゃあ講堂の焼跡を毀してるんだ。それがね、労働者が鶴嘴を持って焼跡の煉瓦壁へ登って……」 その現に自分の乗っている煉瓦壁へ鶴嘴を揮っている労働者の姿を、折田は身振りをまぜて描き出した。「あと一と衝きというところまでは・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・カーキ色の方は、手あたり次第に、扉を叩き壊し、柱を押し倒した。逃げて行く百姓の背を、うしろから銃床で殴りつける者がある。剣で突く者がある。煮え湯をあびせられたような悲鳴が聞えて来た。「あァ、あァ、あァ。」語学校を出て間がない、若い通訳は・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・いつぞやお鍋が伊万里の刺身皿の箱を落して、十人前ちゃんと揃っていたものを、毀したり傷物にしたり一ツも満足の物の無いようにしました時、傍で見ていらしって、過失だから仕方がないわ、と笑って済ましておしまいなすったではありませんか。あの皿は古びも・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
出典:青空文庫