・・・と女房は変った声音。「黙って、黙って、と理右衛門爺さまが胴の間で、苫の下でいわっしゃる。 また、千太がね、あれもよ、陸の人魂で、十五の年まで見ねえけりゃ、一生逢わねえというんだが、十三で出っくわした、奴は幸福よ、と吐くだあね。 ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と誠心籠めたる強き声音も、いかでか叔母の耳に入るべき。ひたすら頭を打掉りて、「何が欠けようとも構わないよ。何が何でも可いんだから、これたった一目、後生だ。頼む。逢って行ってやっておくれ。」「でもそれだけは。」 謙三郎のなお・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・予の屡繰返す如く、欧人の晩食の風習や日本の茶の湯は美食が唯一の目的ではないは誰れも承知して居よう、人間動作の趣味や案内の装飾器物の配列や、応対話談の興味や、薫香の趣味声音の趣味相俟って、品格ある娯楽の間自然的に偉大な感化を得るのであろう・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ ああわが最愛の友よ(妹ドラ嬢を指、汝今われと共にこの清泉の岸に立つ、われは汝の声音中にわが昔日の心語を聞き、汝の驚喜して閃く所の眼光裡にわが昔日の快心を読むなり。ああ! われをしてしばしなりとも汝においてわが昔日を観取せしめよ、わが最・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・そして声音で明らかに一人は大津定二郎一人は友人某、一人は黒田の番頭ということが解る。富岡老人も細川繁も思わず聞耳を立てた。三人は大声で笑い興じながらちょうど二人の対岸まで来た二人の此処に蹲居んでいることは無論気がつかない。「だって貴様は・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・、もとより人も通わぬこんなところで人声を聞こうとも思いがけなかった源三は、一度は愕然として驚いたが耳を澄まして聞いていると、上の方からだんだんと近づいて来るその話声は、復び思いがけ無くもたしかに叔父の声音だった。そこで源三は川から二三間離れ・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・蝋管に刻まれた微細な凹凸を巧妙な仕掛けで郭大した曲線を調和分析にかけて組成因子の間の関係を調べたりして声音学上の知識に貢献した事も少なくない。この種の研究は平円盤の発明によって非常な進捗を遂げた事はいうまでもない。蝋管記録の寿命はせいぜい千・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・と赤い唇をうごかしながら軽くうたでもうたって居るような声音で女の体に身をよせながらその様子をしのぶような目をして話します。女は、女「そのローズさんはどんな風をして居ますの」小「ローズですか。そりゃあ美くしい人です。私によく似て居・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
出典:青空文庫