・・・上頤下頤へ拳を引掛け、透通る歯と紅さいた唇を、めりめりと引裂く、売女。(足を挙げて、枯草を踏蹂画工 ううむ、(二声ばかり、夢に魘紳士 女郎、こっちへ来い。(杖をもって一方を指侍女 はい。紳士 頭を着けろ、被れ。俺の前を烏のよ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 隣室には、しばらく賤げに、浅ましい、売女商売の話が続いた。「何をしてうせおる。――遅いなあ。」 二度まで爺やが出て来て、催促をされたあとで、お澄が膳を運んだらしい。「何にもございません。――料理番がちょと休みましたものです・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・女の道に欠けたと言われ、薄情だ、売女だと言う人がありましても、……口に出しては言いませんけれど、心では、貴方のお言葉ゆえと、安心をいたします。」「あえて構わない。この俺が、私と言うものが、死ぬなと言ったから死なないと、構わず言え。――言・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・また一方はその性情が全く非古典的である上に、無神経と思われるまでも心の荒んだ売女の姿だ。この二つが、まわり燈籠のように僕の心の目にかわるがわる映って来るのである。 一方は、燃ゆるがごとき新情想を多能多才の器に包み、一生の寂しみをうち籠め・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ ウンラートが気が狂ったのを見て八重子のポーラが妙な述懐のようなことを述べるせりふがあるが、あれはいかにも、ああした売女の役をふられた八重子自身が贔屓の観客へ対しての弁明のように響いて、あの芝居にそぐわないような気がした。ポーラはやはり・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・男もこれほど女の赤心が眼の前へ証拠立てられる以上、普通の軽薄な売女同様の観をなして、女の貞節を今まで疑っていたのを後悔したものと見えて、再びもとの夫婦に立ち帰って、病妻の看護に身を委ねたというのがモーパサンの小説の筋ですが、男の疑も好い加減・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・「もう来るもんか、ウン女があやまって涙をこぼしたって来るもんか、売女奴! きっと来ないぞ、己も男だ」 男はかおをあかくして目をさました子供の様なたわいもない事を自分では真面目に考えて肩を怒らせて居た。 七日ほどの間男は女の家の前・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・――Iには売女を思わせるものがある。おしろいの塗り方も髪の結いぶりも着物の着こなしもすべて隙がない。delicate な印象を与え清い美しさで人を魅しようとする注意も行きわたっている。しかもそこにすべてを裏切るある物の閃きがある。人は密室で・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫