・・・当時朝から晩まで代る代るに訪ずれるのは類は友の変物奇物ばかりで、共に画を描き骨董を品して遊んでばかりいた。大河内子爵の先代や下岡蓮杖や仮名垣魯文はその頃の重なる常連であった。参詣人が来ると殊勝な顔をしてムニャムニャムニャと出放題なお経を誦し・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 善兵衛は若い時分から口の悪い男で、少し変物で右左を間違えて言う仲間の一人であったが、年を取るとよけいに口が悪くなった。『彼奴は遠からず死ぬわい』など人の身の上に不吉きわまる予言を試みて平気でいる、それがまた奇妙にあたる。むずかしく・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・』と首を出したのは江藤という画家である、時田よりは四つ五つ年下の、これもどこか変物らしい顔つき、語調と体度とが時田よりも快活らしいばかり、共に青山御家人の息子で小供の時から親の代からの朋輩同士である。 時田は朱筆を投げやって仰向けになり・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・沢山出しただけに、同じく維新の風雲に会しながらも妙な機から雲梯をすべり落ちて、遂には男爵どころか県知事の椅子一にも有つき得ず、空しく故郷に引込んで老朽ちんとする人物も少くはない、こういう人物に限ぎって変物である、頑固である、片意地である、尊・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・ 彼は変物だと最初世話をしかけた者が手をひいた時分。ある日曜日の午後二時ごろ、武は様子を見るべく赤坂区南町の石井をたずねた。俥のはいらぬ路地の中で、三軒長屋の最端がそれである。中古の建物だから、それほど見苦しくはない。上がり口の四畳半が・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・さりとて偏物でもなく、奇人でもない。非凡なる凡人というが最も適評かと僕は思っている。 僕は知れば知るほどこの男に感心せざるを得ないのである。感心するといったところで、秀吉とか、ナポレオンとかそのほかの天才に感心するのとは異うので、この種・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・何故というのに、困ったことには自分はどうも変物である。当時変物の意義はよく知らなかった。然し変物を以て自ら任じていたと見えて、迚も一々此方から世の中に度を合せて行くことは出来ない。何か己を曲げずして趣味を持った、世の中に欠くべからざる仕事が・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
・・・して見ると、珍らしいミリオネエルの変物だなあ。まあ、いいから来て寝ろ。おれの場所を半分分けてやる。ぴったり食っ附いて寝ると、お互に暖かでいい。ミリオネエルはよく出来たな。」 爺いさんは一本腕の臂を攫んだ。「まあ、黙って聞け。おれがおぬし・・・ 著:ブウテフレデリック 訳:森鴎外 「橋の下」
・・・ どんな諷刺を云われようが、かつて一度も怒ったらしい顔さえしたことがないので、部落の者達は皆、「ありゃあはあ変物だ」と云う。その変物だという中には、間抜け、黙んまり棒、時によると馬鹿かもしれないという意味が籠っている。 真面・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫