・・・ 正餐をやすくしてみんなが食べられるようにし、夕食は一品ずつの注文で高くしたのはソヴェトらしく合理的だ。 Yはヴャトカへ着いたら名物の煙草いれを買うんだと、がんばっている。 車室は暖い。疲れが出て、日本へ向って走っているのではなく、・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・野生の野菊の純白な花、紫のイリス、祖母と二人、早い夕食の膳に向っていると、六月の自然が魂までとけて流れ込んで来る。私はうれしいような悲しいような――いわばセンチメンタルな心持になる。祖母は八十四だ。女中はたった十六の田舎の小娘だ。たれに向っ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 夕食頃に、川窪の主人が帰ると、栄蔵の話をした。「お君だって、あんな不義理な事をした事は何と云ったって悪いには違いありませんけど、病気で難渋して居るのを助けてやるのは又別ですからね。 親父だって、ああやって働けもしないで・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 皆あがらず、本を持って行った。 夕食近く、エーの末弟が来る。彼のスウェーターはまだ出来上らない。〔一九二四年一月〕 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・ひとりをかみしめて食む 夕食と涙たよりにする親木をもたない小さい花はくらしの風に思うまゝ五体をふかせてつぼみの枝も ゆれながらひらく「女ひとり」のこの涙は、作者一人の味わったものではないであろう。「ひ・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・ 正午十二時に食事が配られ、四時すぎ夕食が配られ、夜は又茶だ。 夕方の六時、シェードのないスタンドの光を直かにてりかえす天井を眺めつつ口をあいて私はYにスープをやしなって貰って居る。 わきの寝台に腰をかけ、前へ引きよせた椅子の上・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・私はフランス語の稽古を始めて、毎日夕食後に馬借町の宣教師の所へ通うことになった。 これが頗る私と君との交際の上に影響した。なぜかと云うに、君が尋ねてきても、私はフランス語の事を話すからである。君は、「フランス語も面白いでしょうが、僕は二・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・わたくしはあの時なんとも言わずにいましたが、あの日には夕食が咽に通らなかったのです。 女。大方そうだろうと存じましたの。 男。実は夜寝ることも出来なかったのです。あのころはわたくしむやみにあなたを思っていたでしょう。そこで馬鹿らしい・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・丘を下っていくものが半数で、栖方と親しい後の半数の残った者の夕食となったが、忍び足の憲兵はまだ垣の外を廻っていた。酒が出て座がくつろぎかかったころ、栖方は梶に、「この人はいつかお話した伊豆さんです。僕の一番お世話になっている人です。」・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 己は自分の事を末流だと諦めてはいるが、それでも少し侮辱せられたような気がした。そこで会釈をして、その場を退いた。 夕食の時、己がおばさんに、あのエルリングのような男を、冬の七ヶ月間、こんな寂しい家に置くのは、残酷ではないかと云って・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
出典:青空文庫