・・・と、思いも懸けず、林の外れに、おいちにおいちにと呼んで歩く薬売の男が、例の金ピカの服を日に光らせながら、さもさも疲れ果てたというように草の上に腰をかけて休んで居る。モウパッサンのノルマンジイを舞台にした短篇がそれとはなしに思い出される。・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
・・・松原の外れにこんな店があってこんな人が居るのは極めて自然な事となってしまって、熊さんの歴史やこの店のいわれなどについて、少しも想像をした事もなく、人に尋ねてみる気も出なかった。もしこれで何事もなく別れてしまったら、おそらく今頃は熊さんの事な・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・しかるに偶然窓より強き風が吹き込みて球が横に外れたりとせよ。俗人の眼より見ればこの予言は外れたりと云う外なかるべし。しかし学者は初め不言裡に「かくのごとき風なき時は」という前提をなしいたるなり。この前提が実用上無謀ならざる事は数回同じ実験を・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・「それから垣根の朝顔が、茶色に枯れて、引っ張るとがらがら鳴る時分、白い靄が一面に降りて、町の外れの瓦斯灯に灯がちらちらすると思うとまた鉦が鳴る。かんかん竹の奥で冴えて鳴る。それから門前の豆腐屋がこの鉦を合図に、腰障子をはめる」「門前・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・幸ひっそりとした一構えに、人の気はいもない様子を見届けて、麺麭と葡萄酒を盗み出して、口腹の慾を充分充たした上、村外れへ出ると、眠くなって、うとうとしている所へ、村の女が通りかかる。腹が張って、酒の気が廻って、当分の間ほかの慾がなくなった乞食・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・常識を外れちゃいけない。ところが、 ――理屈はそれでもいいかしれないが、監獄じゃ理屈は通らないぜ。オイ、――なんです。 監獄で考えるほど、もちろん、世の中は、いいものでもないし、また娑婆へ出て考えるほど、もちろん、監獄は「楽に食えて・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・其村の外れに三つ四つ小さい墓の並んでいる所があって其傍に一坪許りの空地があったのを買い求めて、棺桶は其辺に据えて置いて人夫は既に穴を掘っておる。其内に附添の一人は近辺の貧乏寺へ行て和尚を連れて来る。やっと棺桶を埋めたが墓印もないので手頃の石・・・ 正岡子規 「死後」
・・・「おつきさん、おつきさん、おっつきさん、 ついお見外れして すみません あんまりおなりが ちがうので ついお見外れして すみません。」 柏の木大王も白いひげをひねって、しばらくうむうむと云いながら、じっとお月さまを眺めて・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・彼女は、父や兄達が下らないことで勿体ぶり威張るのを見たり、場外れに大仰なことをしたりするのを見ると、妙にばつの悪い眼をパチリとやらずにいられない擽ったさを感じずにはいられなくなりました。 この心持は、もう暫く経つと、男と云うものは、偉い・・・ 宮本百合子 「「母の膝の上に」(紹介並短評)」
・・・一つの車輪が路から外れた。突然、馬は車体に引かれて突き立った。瞬間、蠅は飛び上った。と、車体と一緒に崖の下へ墜落して行く放埒な馬の腹が眼についた。そうして、人馬の悲鳴が高く一声発せられると、河原の上では、圧し重なった人と馬と板片との塊りが、・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫