・・・ こういう疑いは、問題の学問が、複雑極まる社会人間に関する場合に最も濃厚であるが、しかし、外見上人間ばなれのした単なる自然科学の研究についても、やはり起こし得られる疑問である。 科学者自身が、もしもかなりな資産家であって、そうして自・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・粘土のかたまりから壺にできて行くのは外見上いくらかこれと似た過程であるが、しかし生物の胚子の場合に陶工の手の役目をつとめるものが何であるかはいかなる生物学者にもまだよくはわからないようである。それはとにかく、この胚子の壺の形がだんだんにどこ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ すべてのものがただ外見だけの間に合わせもので、ほんとうに根本の研究を経て来たものでないとすると、実際われわれは心細くなる。質の研究のできていない鈍刀はいくら光っていても格好がよくできていてもまさかの場合に正宗の代わりにならない。 ・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・講義の内容の外見上の変化が少なくともその講義の中に流れ出る教師の生きた「人」が生徒に働きかけてその学問に対する興味や熱を鼓吹する力が年とともに加わるという場合もあるかもしれない。これに反して年々に新しく書き改め新事実や新学説を追加しても、教・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・蚕や蛇が外皮を脱ぎ捨てるのに相当するほど目立った外見上の変化はないにしても、もっと内部の器官や系統に行われている変化がやはり一種の律動的弛張をしないという証拠はよもやあるまいと思われる。 そのような律動のある相が人間肉体の生理的危機であ・・・ 寺田寅彦 「厄年と etc.」
・・・ンテナはわずかに二メートルくらいの線を鴨居の電話線に並行させただけで、地中線も何もなしに十分であったのが、捲線が次第に黴びたり、各部の絶縁が一体に悪くなったりしたために感度が低下し、その上にラジオ商が外見だけは同じで抵抗もインダクタンスもま・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・亮の子供の時からの外見だけで彼を判断していた老人などは、そういう役目の勤まるのをむしろ不思議に感じていたらしい。 いつだったか、かの地からよこした手紙に、次のような意味の事があった。 今までは、何物にもぶつかるという事なしに、遠くか・・・ 寺田寅彦 「亮の追憶」
・・・或者は代言人の玄関番の如く、或者は歯医者の零落の如く、或者は非番巡査の如く、また或者は浪花節語りの如く、壮士役者の馬の足の如く、その外見は千差万様なれども、その褌の汚さ加減はいずれもさぞやと察せられるものばかりである。彼らはまた己れが思想の・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・わたくしは趣味の上から、いやにぴかぴかひかっている今日の柩車を甚しく悪んでいる。外見ばかりを安物で飾っている現代の建築物や、人絹の美服などとその趣を同じくしているが故である。わたくしはまた紙でつくった花環に銀紙の糸を下げたり、張子の鳩をとま・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・と、吉里は涙の眼で外見悪るそうに西宮を見た。「何が」と、西宮は眼を丸くした。「私ゃ何だか……、欺されるような気がして」と、吉里は西宮を見ていた眼を畳へ移した。「困るなア、どうも。まだ疑ぐッてるんだね。平田がそんな男か、そんな男で・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
出典:青空文庫