・・・若し、多岐多端の現代に純一に近い生活を楽しんでいる作家があるとしたら、それは詠嘆的に自然や人生を眺めている一部の詩人的作家よりも、寧ろ、菊池なぞではないかと思う。 芥川竜之介 「合理的、同時に多量の人間味」
・・・るが、欧州人のは賓主的にも家庭的にも行はれて甚だ自然である、日本の茶の湯は特別的であるが欧洲人のは日常の風習である、吾々の特に敬服感嘆に堪えないのは其日常の点と家庭的な点にあるのである、人間の嗜好多端限りなき中にも、食事の趣味程普遍的な・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・されば人民の政は、ただ多端なるのみに非ず、また盛大有力なりといわざるべからず。 右の次第をもって考うれば、人民の世界に事務なきを患るに足らず。実はその繁多にしてこれに従事するの智力に乏しきこそ患うべけれ。これを勤めて怠らざれば、その事務・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・実に教育の箇条は、前号にも述べたる如く極めて多端なりといえども、早くいえば、人々が天然自然に稟け得たる能力を発達して、人間急務の仕事を仕遂げ得るの力を強くすることなり。その天稟の能力なるものは、あたかも土の中に埋れる種の如く、早晩萌芽を出す・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・ 春来、国事多端、ついに干戈を動かすにいたり、帷幄の士は内に焦慮し、干役の兵は外に曝骨し、人情恟々、ひいて今日にいたる。ここにおいてか世の士君子、あるいは筆を投じて戎軒を事とするあり、あるいは一書生たるを倦みて百夫の長たらんとするあり、・・・ 福沢諭吉 「中元祝酒の記」
・・・殖産工商の事を勉めて富国の資を大にし、学問教育の道を盛んにして人文の光を明らかにし、海陸軍の力を足して護国の備えを厚うするが如き、実際直接の要用なれども、内外人民の交際は甚だ繁忙多端にして、外国人が我が日本国の事情を詳らかにせんとするは、容・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・長男の鉄夫さんが花嫁をもらわれ、勝彦さんが出征され、松の茂った丘や玉川へ向う眺望のよい病床も多端であった。 その前ごろから、孝子夫人はラグーザ玉子の絵をいくつか集めて居られた。額のかかっている応接間まで歩いて来られ、ラグーザ玉子が、老年・・・ 宮本百合子 「白藤」
出典:青空文庫