・・・百年の後には「金色夜叉」でも「不如帰」でもやはり古典になってしまうであろう、義太夫音楽でも時とともに少しずつその形式を進化させて行けば「モロッコ」や「街の灯」の浄瑠璃化も必ずしも不可能ではないであろう。こんな空想を帰路の電車の中で描いてみた・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・去年見た新解釈「金色夜叉」の芝居で柳永二郎の富山がお宮の母と貫一の絶縁条件を値踏みしなが「二万円もやりぁいいでしょう」と云ったあの舞台面は多分ここをモデルにしたものらしいと思われた。 箱根ホテルでは勘定をもって来てくれと四、五度も頼んで・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・外国語学校に通学していた頃、神田の町の角々に、『読売新聞』紙上に『金色夜叉』が連載せられるという予告が貼出されていたのを見たがしかしわたくしはその当時にはこれを読まなかった。啻に『金色夜叉』のみならず紅葉先生の著作は、明治三十四、五年の頃友・・・ 永井荷風 「正宗谷崎両氏の批評に答う」
・・・彼は資本主義の魔王であって、此れは共産主義の夜叉である。僕は図らずもこの両者に接して、現代の邦家を危くする二つの悪例を目撃し、転時難を憂るの念に堪えざる如き思があった。ここに此の贅言を綴った所以である。トデモ言うより外に仕様がない。年の暮も・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・これには怖ろしき夜叉の顔が隙間もなく鋳出されている。その顔は長しえに天と地と中間にある人とを呪う。右から盾を見るときは右に向って呪い、左から盾を覗くときは左に向って呪い、正面から盾に対う敵には固より正面を見て呪う。ある時は盾の裏にかくるる持・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・その形小さく力無い鳥の家に参るというのじゃが、参るというてもただ訪ねて参るでもなければ、遊びに参るでもないじゃ、内に深く残忍の想を潜め、外又恐るべく悲しむべき夜叉相を浮べ、密やかに忍んで参ると斯う云うことじゃ。このご説法のころは、われらの心・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・ 尾崎紅葉の「金色夜叉」は、貫一という当時の一高生が、ダイアモンドにつられて彼の愛をすてた恋人お宮を、熱海の海岸で蹴倒す場面を一つのクライマックスとしている。明治も中葉となれば、その官僚主義も学閥も黄金魔力に毒されてゆく。 もし、昔・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・女の虚栄心の生む災害とは、金色夜叉のお宮以来、一番大衆の耳に入りやすい結びつきをもって通俗化されているのである。何しろあいつの女房は見栄坊だったからね。そういわれると、何か納得されるものが聞く者の感情の中に用意されているようなのであるが、現・・・ 宮本百合子 「暮の街」
・・・ 講釈師大谷内越山の訛 金色夜叉「昔の間貫一は死ですもうとる」 小酒井博士 ひどい肺病 妻君 かげで女中をしかりつけ、夫のところへ来ると、まるでわざとらしい微笑をはなさず。 夫 下・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・金色夜叉の技巧的美文が出来ざるを得ない自然だ。――都会人の観賞し易い傾向の勝景――憎まれ口を云えば、幾らか新派劇的趣味を帯びた美観だ。小太郎ケ淵附近の楓の新緑を透かし輝いていた日光の澄明さ。 然し、塩原は人を飽きさす点で異常に成功してい・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
出典:青空文庫