・・・辞も何にも分らねえ髭ムクチャの土人の中で、食物もろくろく与われなかった時にゃ、こうして日本へ帰って無事にお光さんに逢おうとは、全く夢にも思わなかったよ」「そうだろうともねえ、察しるよ! 私も――縁起でもないけど――何しろお前さんの便りは・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・僕はこれまで彼女に会いたいなど夢にも思わなくなりましたが、貴女には会いたいと思っていましたから……」「それではお目にかかる事が出来る縁を待ちましょうね。」「ほんとうに、そうです。貴女も今言ったように、くよくよ為ないで、身体を大事にお・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・無いのが当然で、かく申す自分すら、自分の身が流れ流れて思いもかけぬこの島でこんな暮を為るとは夢にも思わなかったこと。 噂をすれば影とやらで、ひょっくり自分が現われたなら、升屋の老人喫驚りして開いた口がふさがらぬかも知れない。「いったい君・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・恋、惑、そして恥辱、夢にも現にもこの苦悩は彼より離れない。 或時は断然倉蔵に頼んで窃かに文を送り、我情のままを梅子に打明けんかとも思い、夜の二時頃まで眠らないで筆を走らしたことがある、然し彼は思返してその手紙を破って了った。こういう風で・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・物質的清貧の中で精神的仕事に従うというようなことは夢にも考えられなくなる。一口にいえば、学生時代の汚れた快楽の習慣は必ず精神的薄弱を結果するものだ。そして将来社会的に劣弱者となって、自らが求めた快楽さえも得られないという、あわれむべき状態に・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・「御前へ出るのにイヤの何のと、そんな勿体ないことは夢にも思いません。だから校長に負けてしまいました。」「ハハア、校長のいいつけがイヤだったのだネ。」「そうです。だがもう私がすぐに負けてしまったのだから論はありません。」「負け・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・そうかと云ってその後はどういう人に縁付いて、どこにその娘がどう生活しているかということも知らないばかりか、知ろうとおもう意も無いのだから、無論その女をどうこうしようというような心は夢にも持たぬ。無かった縁に迷いは惹かぬつもりで、今日に満足し・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・あの依頼の手紙を書いて、君の気持を害う結果になろうとは夢にも思わなかったし、悪意をもってああいうことをお願いするほど愚かな者もいないだろう。君が神経質になり過ぎているものとしか、僕には考えられない。君が僕に友情を持っていてくれるのなら、君こ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そうして、手紙のおもてには、差出人としていろいろの女のひとの名前が記されてあって、それがみんな、実在の、妹のお友達のお名前でございましたので、私も父も、こんなにどっさり男のひとと文通しているなど、夢にも気附かなかったのでございます。 き・・・ 太宰治 「葉桜と魔笛」
・・・ でも、お父さんは知らなかったのでしょう?夢にもそんな事を思う道理が無いじゃないか。(溜息お前はまあ、これからさき、どこまで堕落して行くつもりなのだ。この家に置いていただけないなら、睦子を連れて東京へ帰るつもりでいます。春までこ・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫