・・・彼の帰依者はまし、反響は大きくなった。そこで弘長元年五月十二日幕吏は突如として、彼の説法中を小町の街頭で捕えて、由比ヶ浜から船に乗せて伊豆の伊東に流した。これが彼の第二の法難であった。 この配流は日蓮の信仰を内面的に強靭にした。彼はあわ・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 支那人、朝鮮人たち、労働者が、サヴエート同盟の土を踏むことをなつかしがりながら、大きな露西亜式の防寒靴をはいて街の倶楽部へ押しかけて行った。 十一月七日、一月二十一日には、労働者たちは、河を渡ってやって行く。三月八日には女たちがや・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・親父はさすがに老功で、後家の鐙を買合せて大きい利を得る、そんな甘い事があるものではないというところに勘を付けて、直に右左の調べに及ばなかったナと、紙燭をさし出して慾心の黒闇を破ったところは親父だけあったのである。勿論深草を尋ねても鐙はなくっ・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・私の娘も大きくなった。末子の背は太郎と二寸ほどしか違わない。その末子がもはや九文の足袋をはいた。 四人ある私の子供の中で、身長の発育にかけては三郎がいちばんおくれた。ひところの三郎は妹の末子よりも低かった。日ごろ、次郎びいきの下女は、何・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・破れた靴が大き過ぎるので、足を持ち上げようとするたびに、踵が雪にくっついて残る。やはり外の男等のように両手を隠しに入れて頭を垂れている。しかし何者かがその体のうちに盛んに活動している。右の手で絶えず貨幣をいじって勘定している。そして白い、短・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・間もなくこちらを背にして、道について斜に折れると思うと、その男はもはや、ただ大きな松葉の塊へ股引の足が二本下ったばかりのものとなって動いている。松葉の色がみるみる黒くなる。それが蜜柑畑の向うへはいってしまうと、しばらく近くには行くものの影が・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・この窓ガラスにはもう一つ変わった所があって、ガラスのきざみ具合で見るものを大きくも小さくもする事ができるようになっておりました。だからもし大きなむすこが腹をたてて帰って来て、庭先でどなりでもするような事があると、おばあさんは以前のような、小・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・図体が大きすぎて、内々、閉口している。晩成すべき大器かも知れぬ。一友人から、銅像演技という讃辞を贈られた。恰好の舞台がないのである。舞台を踏み抜いてしまう。野外劇場はどうか。 俳優で言えば、彦三郎、などと、訪客を大いに笑わせて、さてまた・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・こうすれば、言葉と白墨の線とによって、大きさや角度や三角函数などの概念を注ぎ込むよりも遥かに早く確実に、おまけに面白くこれらの数学的関係を呑み込ませる事が出来る。一体こういう学問の実際の起原はそういう実用問題であったではないか。例えばタレー・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・手を背にくんで、鍵束の大きな木札をブラつかせながら、門の内側をたいくつそうに歩きまわっている守衛。いつも不機嫌でいかつくそびえている煉瓦塀、埃りでしろくなっている塀ぞいのポプラー――。 みんなよごれて、かわいて、たいくつであった。やがて・・・ 徳永直 「白い道」
出典:青空文庫