・・・「いや、それほど何も、大した事ではございません。」内蔵助は、不承不承に答えた。 その人に傲らない態度が、伝右衛門にとっては、物足りないと同時に、一層の奥床しさを感じさせたと見えて、今まで内蔵助の方を向いていた彼は、永年京都勤番をつと・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
この話の主人公は忍野半三郎と言う男である。生憎大した男ではない。北京の三菱に勤めている三十前後の会社員である。半三郎は商科大学を卒業した後、二月目に北京へ来ることになった。同僚や上役の評判は格別善いと言うほどではない。しか・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・僕は花田に教えられたとおり、自分の画なんかなんでもないが、昨日死んだ仲間の画は実に大したものだ、もしそれが世間に出たら、一世を驚かすだろうと、一生懸命になって吹聴したんだ。いかもの食いの名人だけあって堂脇の奴すぐ乗り気になった。僕は九頭竜の・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・お前、飛込んだ拍子に突然目でも廻したか、いや、水も少しばかり、丼に一杯吐いたか吐かぬじゃ。大したことはねえての、気さえ確になれば整然と治る。それからの、ここは大事ない処じゃ、婆も猫も犬も居らぬ、私一人じゃから安心をさっしゃい。またどんな仔細・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・――ちょっと手を触って、当てて御覧、大したものだ。」「ええ。」 ソッと抜くと、掌に軽くのる。私の名に、もし松があらば、げにそのままの刺青である。「素晴らしい簪じゃあないか。前髪にささって、その、容子のいい事と言ったら。」 涙・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ て』冷かしてやったんけど大した意気込みで不平を云うとって、取り合わん。『こないなことなら、いッそ、割腹して見せてやる』とか、『鉄砲腹をやってやる』とか、なかなか当るべからざる勢いであったんや。然し、いよいよ僕等までが召集されることになって・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・金さんの話で見りゃなかなか大したものだ、いわば世界中の海を跨にかけた男らしい為事で、端月給を取って上役にピョコピョコ頭を下げてるような勤人よりか、どのくらい亭主に持って肩身が広いか知れやしねえ」「本当にね、私もそう思うのさ。第一気楽じゃ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・ 大阪弁が一人前に、判り易く、しかも紋切型に陥らずに書ければ、もうそれだけでも大した作家で逆に言えば、相当な腕を持っている作家でなくては、大阪弁が書けないということになる。いや、大阪弁だけではない、小説家は妙に会話の書き方を無視するが、・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・「そんなわけで、大した金額ではないが、無効になった為替や小切手が大分あるのだ」 という十吉の話を聴いて、私は呆れてしまった。「どうして、そうズボラなんだ」「いや、ズボラというのじゃないんだ。仕事に追われていると、忘れてしまう・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・自分は大した贅沢な生活を望んで居るのではない、大した欲望を抱いて居るのではない、月に三十五円もあれば自分等家族五人が饑彼にはよくこんなことが空想されたが、併しこの何ヵ月は、それが何処からも出ては来なかった。何処も彼処も封じられて了った。一日・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫