自分がその道を見つけたのは卯の花の咲く時分であった。 Eの停留所からでも帰ることができる。しかもM停留所からの距離とさして違わないという発見は大層自分を喜ばせた。変化を喜ぶ心と、も一つは友人の許へ行くのにMからだと大変大廻りになる・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・吾家の母様もおまえのことには大層心配をしていらしって、も少しするとおまえのところの叔父さんにちゃんと談をなすって、何でもおまえのために悪くないようにしてあげようって云っていらっしゃるのだから、辛いだろうがそんな心持を出さないで、少しの間辛抱・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・併し世の中が変ろうというところへ生れあわせたので、生れた翌年は上野の戦争がある、危い中を母に負われて浅草の所有地へ立退いたというような騒ぎだったそうです。大層弱い生れつきであって、生れて二十七日目に最早医者に掛ったということです。御維新の大・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・と手短に答えたが、思わず主人の顔を見て細君はうち微笑みつつ、「どうも大層いいお色におなりなさいましたね、まあ、まるで金太郎のようで。」と真に可笑そうに云った。「そうか。湯が平生に無く熱かったからナ、それで特別に利いたかも知れ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・或とき、その議政官の一人にディオニシアスという大層な腕ききがいました。 ディオニシアスは、もとはずっと下級の役に使われていた人ですが、その持前の才能一つで、とうとう議政官の位地まで上ったのでした。この人のおかげでシラキュースは急にどんど・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・「先日お出でになった時、大層御尊信なすってお出での様子で、お話になった、あのイエス・クリストのお名に掛けて、お願致します。どうぞ二度とお尋下さいますな。わたくしの申す事を御信用下さい。わたくしの考では若しイエスがまだ生きてお出でなされた・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ 職業は瓦屋でござえんすけれど、暫らくでもお上の役を勤めていたばかりで、大層お手厚い葬礼でね。此方とらの餓鬼が、屋根から落ちて死んだって、誰方か何といって下さるものけえ。 その日、初頼という方が、持って来た下すった香奠が、将校方から・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・○御俊伝兵衛は大層面白かった。あれは他のもののように馬鹿気た点がない。芸術と、人情と、頭脳が、平均を保っている。また渾然融合している。幕の開いた時の感じもよかった。幕の閉まる時の人物の位置態度も大変よかった。そうして御俊も伝兵衛も綺麗で・・・ 夏目漱石 「明治座の所感を虚子君に問れて」
・・・家君さんは平田に似て、それで柔和で、どこか気抜けがしているようにも見え、自分を見てどこから来たかと言いたそうな顔をしていて、平田から仔細を聞いて、急に喜び出して大層自分を可愛がッてくれる。弟も妹も平田から聞いていた年ごろで、顔つき格向もかね・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・『若子さん、大層な人ですこと。貴女の御兄さんが御着きなさっても、御目に掛れるでしょうか知ら。』『私何したッても、何様酷い目に会っても、兄さんに御目に掛ってよ。』『私もそうよ。久振りで御目に掛るんですもの。』『あらいやだ。』・・・ 広津柳浪 「昇降場」
出典:青空文庫