・・・何でも淀屋辰五郎は、この松の雪景色を眺めるために、四抱えにも余る大木をわざわざ庭へ引かせたそうです。 芥川竜之介 「仙人」
・・・例えば大木の根を一気に抜き取る蒸気抜根機が、その成効力の余りに偉大な為めに、使い処がなくて、さびたまゝ捨てゝあるのを旅行の途次に見たこともある。少女の何人かを逸早く米国に送ってそれを北海道の開拓者の内助者たらしめようとしたこともある。当時米・・・ 有島武郎 「北海道に就いての印象」
・・・たとえば、ちょっとした空地に高さ一丈ぐらいの木が立っていて、それに日があたっているのを見てある感じを得たとすれば、空地を広野にし、木を大木にし、日を朝日か夕日にし、のみならず、それを見た自分自身を、詩人にし、旅人にし、若き愁いある人にした上・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・ どッこいな、と腰を極めたが、ずッしりと手答えして、槻の大木根こそぎにしたほどな大い艪の奴、のッしりと掻いただがね。雨がしょぼしょぼと顱巻に染みるばかりで、空だか水だか分らねえ。はあ、昼間見る遠い処の山の上を、ふわふわと歩行くようで、底・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・「まだ足りないで、燈を――燈を、と細い声して言うと、土からも湧けば、大木の幹にも伝わる、土蜘蛛だ、朽木だ、山蛭だ、俺が実家は祭礼の蒼い万燈、紫色の揃いの提灯、さいかち茨の赤い山車だ。」 と言う……葉ながら散った、山葡萄と山茱萸の夜露・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 門の屋根を突貫いた榎の大木が、大層名高いのでございますが、お医者はどういたしてかちっとも流行らないのでございましたッて。」 四「流行りません癖に因果と貴方ね、」と口もやや馴々しゅう、「お米の容色がまた評・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・来て見れば予期以上にいよいよ幻滅を感じて、案外与しやすい独活の大木だとも思い、あるいは箍の弛んだ桶、穴の明いた風船玉のような民族だと愛想を尽かしてしまうかも解らない。当座の中こそ訪問や見物に忙がしく、夙昔の志望たる日露の問題に気焔を吐きもし・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・おまえは、末には大木となる芽ばえなんだ。おまえの枯れた年老った親は、よくこの野原の中で俺たちと相撲を取ったもんだ。なかなか勇敢に闘ったもんだ。この世界は広いけれど、ほんとうに俺たちの相手となるようなものは少ない。はじめから死んでいるも同然な・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・そこには幾百人の土方や工夫が入っていて、昔からの大木をきり倒し、みごとな石をダイナマイトで打ち砕いて、その後から鉄道を敷いておりました。そこで少年は、袋の中から砂を取り出して、せっかく敷いたレールの上に振りかけました。すると、見るまに白く光・・・ 小川未明 「眠い町」
一 秋の初の空は一片の雲もなく晴て、佳い景色である。青年二人は日光の直射を松の大木の蔭によけて、山芝の上に寝転んで、一人は遠く相模灘を眺め、一人は読書している。場所は伊豆と相模の国境にある某温泉である。 渓流の音が遠く聞ゆる・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
出典:青空文庫