・・・ ……枝を交した松の下には、しっとり砂に露の下りた、細い路が続いている。大空に澄んだ無数の星も、その松の枝の重なったここへは、滅多に光を落して来ない。が、海の近い事は、疎な芒に流れて来る潮風が明かに語っている。陳はさっきからたった一人、・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・そのまた円い天窓の外には松や檜が枝を張った向こうに大空が青あおと晴れ渡っています。いや、大きい鏃に似た槍ヶ岳の峯もそびえています。僕は飛行機を見た子どものように実際飛び上がって喜びました。「さあ、あすこから出ていくがいい。」 年をと・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・竹杖は忽ち竜のように、勢よく大空へ舞い上って、晴れ渡った春の夕空を峨眉山の方角へ飛んで行きました。 杜子春は胆をつぶしながら、恐る恐る下を見下しました。が、下には唯青い山々が夕明りの底に見えるばかりで、あの洛陽の都の西の門は、どこを探し・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・見渡す大空が先ず雪に埋められたように何所から何所まで真白になった。そこから雪は滾々としてとめ度なく降って来た。人間の哀れな敗残の跡を物語る畑も、勝ちほこった自然の領土である森林も等しなみに雪の下に埋れて行った。一夜の中に一尺も二尺も積り重な・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・それは今は乾いてしまった。大空をわたる雲の一片となっているか、谷河の水の一滴となっているか、太洋の泡の一つとなっているか、又は思いがけない人の涙堂に貯えられているか、それは知らない。然しその熱い涙はともかくもお前たちだけの尊い所有物なのだ。・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 甲冑堂の婦人像のあわれに絵の具のあせたるが、遥けき大空の雲に映りて、虹より鮮明に、優しく読むものの目に映りて、その人あたかも活けるがごとし。われらこの烈しき大都会の色彩を視むるもの、奥州辺の物語を読み、その地の婦人を想像するに、大・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・取り留めのなさは、ちぎれ雲が大空から影を落としたか、と視められ、ぬぺりとして、ふうわり軽い。全体が薄樺で、黄色い斑がむらむらして、流れのままに出たり、消えたり、結んだり、解けたり、どんよりと濁肉の、半ば、水なりに透き通るのは、是なん、別のも・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 人の往来はバッタリない。 大空には、あたかもこの海の沖を通って、有磯海から親不知の浜を、五智の如来へ詣ずるという、泳ぐのに半身を波の上に顕して、列を造って行くとか聞く、海豚の群が、毒気を吐掛けたような入道雲の低いのが、むくむくと推・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・灰色の、じっとして動かぬ大空の下の暗い草原、それから白い水潦、それから側のひょろひょろした白樺の木などである。白樺の木の葉は、この出来事をこわがっているように、風を受けて囁き始めた。 女房は夢の醒めたように、堅い拳銃を地に投げて、着物の・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
一 小さな芽 小さな木の芽が土を破って、やっと二、三寸ばかりの丈に伸びました。木の芽は、はじめて広い野原を見渡しました。大空を飛ぶ雲の影をながめました。そして、小鳥の鳴き声を聞いたのであります。(ああ、これが世の中と考えました。・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
出典:青空文庫