・・・自分はこんな晩に大路を歩くことが好きで。霧につつまれて歩く人を見るとみんな、何か楽しい思いにふけっているか、悲しい思いに沈んでいるかしているようで、自分もまた何とはなしに夢心地になって歩いた。 九段坂の下まで来ると、だしぬけに『なんだと・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・径路は擱きていわず、東京より秩父に入るの大路は数条ありともいうべきか。一つは青梅線の鉄道によりて所沢に至り、それより飯能を過ぎ、白子より坂石に至るの路なり。これを我野通りと称えて、高麗より秩父に入るの路とす。次には川越より小川にかかり、安戸・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・彼らは人に顕さんとて、会堂や大路の角に立ちて祈ることを好む。」ちゃんと指摘されています。 君の手紙だって同じ事です。君は、君自身の「かよわい」善良さを矢鱈に売込もうとしているようで、実にみっともない。君は、そんなに「かよわく」善良なので・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽し・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・に行すめらぎの稀の行幸御供する君のさきはひ我もよろこぶ天使のはろばろ下りたまへりける、あやしきしはぶるひ人どもあつまりゐる中にうちまじりつつ御けしきをがみ見まつる隠士も市の大路に匍匐ならびをろがみ奉る雲の上人・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 煩瑣、無気力であった文学の袋小路は、やっと広く活々とした大路へ通じる一つの門を見出したかのようであったが、ここにも亦、複雑な日本の情勢は複雑な文学の諸問題を露出した。由来、舟橋氏等によって提唱されはじめた能動精神、行動主義文学という言・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・ 文学的新世代の萌芽 真の文学的新世代の萌芽は、そのようなむずかしく、渡るに難い文壇大路小路の地図を知らず、知ることを要しない場所に、文壇人ではない普通の人々のこの人生に対する愛と抗議とのうちにむしろ蔵されてい・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・が、妙なもので、素通りの見物人が通る大路はきっちり定っているものだ。その庭の白く乾いた道の上こそ、草履の端から立つ埃がむっとしておれ、たった一歩、例えばまあ三月堂から男山八幡へ行く道、三笠山へ出る道を右にそれて草原に出て見る、そこで人影はも・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
・・・ 昼間のまっすぐに通った大路は淋しい人通りがあるばっかりでいかにも昔栄えた都と云う事がしのばれます。 貴方にも都踊は見せてあげたい。 祇園の舞妓はうっかり貴方に見せられないほど美くしい可愛いもんです。 自分で書いたらしい・・・ 宮本百合子 「千世子(二)」
出典:青空文庫