・・・何とか云う名の洋紅色大輪のカンナも美しいが、しかし札幌円山公園の奥の草花園で見た鎗鶏頭の鮮紅色には及ばない。彼地の花の色は降霜に近づくほど次第に冴えて美しくなるそうである。そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・低い丘のようになった暗い樫の樹かげをぬけ、丘の一番高いところに立って眺めると、一面の罌粟畑で、色様々の大輪の花が太陽の下で燃え立ち咲き乱れていた。それは、女学生になって初めての夏の眺めで、翌年から、そこに新校舎の建築がはじめられた。 女・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・櫛比した宿屋と宿屋との軒のあわいを、乗合自動車がすれすれに通るのであるから、太い木綿縞のドテラの上に小さい丸髷の後姿で、横から見ると、ドテラになってもなおその襟に大輪の黄菊をつけている一群は、あわてて一列縦隊をつくり、宿屋の店先へすりついて・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・九分通り咲きこぼれた大輪の牡丹は、五月の午前十一時過ぎの太陽に暖められ頭痛がするほど強い芳香を四辺に放っている。幸雄は蘂に顔を押し埋めつつその香を吸い込んだ。 ほほけ立った幸雄の黒い後頭部を見ていた石川は、うっかりしていたが不意に不安に・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・太い、つるりと重いゴムの大輪を、一生懸命棒ちぎれで叩いてころがす。そのピシャ、ピシャいう音、ゴムの皮膚的な表面の感じ、一種、間抜けて滑稽な動物を追い走らせて居るような感じを起させた。一寸笑いを刺戟されたのは其だけ。不活溌な生活気分だ。寒中に・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
出典:青空文庫