・・・ 当時の三百円は大金だったでしょう。少くとも田舎大工の半之丞には大金だったのに違いありません。半之丞はこの金を握るが早いか、腕時計を買ったり、背広を拵えたり、「青ペン」のお松と「お」の字町へ行ったり、たちまち豪奢を極め出しました。「青ペ・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・は、死刑の宣告を下されたことをあきらめ給えと云ったのだか、弁護士に大金をとられたことをあきらめ給えと云ったのだか、それは誰にも決定出来ない。 その上新聞雑誌の輿論も、蟹に同情を寄せたものはほとんど一つもなかったようである。蟹の猿を殺した・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・これだけの大金を元の石炭にしてしまうのは、もったいない話だと言うのです。が、私はミスラ君に約束した手前もありますから、どうしても暖炉に抛りこむと、剛情に友人たちと争いました。すると、その友人たちの中でも、一番狡猾だという評判のあるのが、鼻の・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・ ではどう云う訣でお島婆さんが、それほどお敏と新蔵との恋の邪魔をするかと云いますと、この春頃から相場の高低を見て貰いに来るある株屋が、お敏の美しいのに目をつけて、大金を餌にあの婆を釣った結果、妾にする約束をさせたのだそうです。が、それだ・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・――うんにゃ飲みなよ。大金のかかった身体だ。」 と大爺は大王のごとく、真正面の框に上胡坐になって、ぎろぎろと膚をみまわす。 とその中を、すらりと抜けて、褄も包ましいが、ちらちらと小刻に、土手へ出て、巨石の其方の隅に、松の根に立った娘・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・……この雛はちと大金のものゆえに、進上は申されぬ――お邪魔でなくばその玩弄品は。」と、確と祖母に向って、道具屋が言ってくれた。が、しかし、その時のは綺麗な姉さんでも小母さんでもない。不精髯の胡麻塩の親仁であった。と、ばけものは、人の慾に憑い・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・御堂の裏、田圃の大金の、とある数寄屋造りがちょっと隠れて、気の着かぬ処に一室ある…… 数寄に出来て、天井は低かった。畳の青さ。床柱にも名があろう……壁に掛けた籠に豌豆のふっくりと咲いた真白な花、蔓を短かく投込みに活けたのが、窓明りに明く・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・世間の評判を聴くと、まだ肩あげも取れないうちに、箱根のある旅館の助平おやじから大金を取って、水あげをさせたということだ。小癪な娘だけにだんだん焼けッ腹になって来るのは当り前だろう。「あの青木の野郎、今度来たら十分言ってやらにゃア」と、お・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・聞き込んできたものか、または、いつ娘の姿を見て、ほんとうの人間ではない、じつに世に珍しい人魚であることを見抜いたものか、ある日のこと、こっそりと年寄り夫婦のところへやってきて、娘にはわからないように、大金を出すから、その人魚を売ってはくれな・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・処から聞き込んで来ましたか、または、いつ娘の姿を見て、ほんとうの人間ではない、実に世にも珍らしい人魚であることを見抜きましたか、ある日のことこっそりと年より夫婦の処へやって来て、娘には分らないように、大金を出すから、その人魚を売ってはくれな・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
出典:青空文庫