・・・古い一例を挙げれば清和天皇の御代貞観十六年八月二十四日に京師を襲った大風雨では「樹木有名皆吹倒、内外官舎、人民居廬、罕有全者、京邑衆水、暴長七八尺、水流迅激、直衝城下、大小橋梁、無有孑遺、云々」とあって水害もひどかったが風も相当強かったらし・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ただ大風のような音を立てて夜のラインランドを下って行った。フランクフルトで十時になった。Rrrreisekissen ! Die Decken ! と呼びあるく売り子の声が広大な停車場の穹状の屋根に響いて反射していた。そのrの喉音や語尾の自・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・そうすれば、あのくらいの地震などは、大風の吹いたくらいのものにしか当るまい。 十五 科学を奨励する目的で、われわれが誠心誠意でやっている事が、事実上の結果において、かえって正しく科学の進歩を妨害しているような・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・寄するときは甲の浪、鎧の浪の中より、吹き捲くる大風の息の根を一時にとめるべき声を起す。退く浪と寄する浪の間にウィリアムとシーワルドがはたと行き逢う。「生きておるか」とシーワルドが剣で招けば、「死ぬところじゃ」とウィリアムが高く盾を翳す。右に・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ ツェねずみはプイッとはいって、ピチャピチャピチャッと食べて、またプイッと出て来て、それから大風に言いました。「じゃ、あした、また、来て食べてあげるからね。」「ブウ。」とねずみ捕りは答えました。 次の朝、下男が来て見て、ます・・・ 宮沢賢治 「ツェねずみ」
・・・ 鷲は大風に云いました。「いいや、とてもとても、話にも何にもならん。星になるには、それ相応の身分でなくちゃいかん。又よほど金もいるのだ。」 よだかはもうすっかり力を落してしまって、はねを閉じて、地に落ちて行きました。そしてもう一・・・ 宮沢賢治 「よだかの星」
・・・ 柱でも、鴨居でも、何から何まで、骨細な建て工合で、ガッシリと、黒光りのする家々を見なれた目には、一吹きの大風にも曲って仕舞いそうに思われた。 小道具でも、何んでもが、小綺麗になって、置床には、縁日の露店でならべて居る様な土焼の布袋・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 背がのびる草だからと云って後の方に植えて置いたコスモスがいつだったかの大風でのめったまんまになって居るので、ダリヤだの筑波根草だのと云うあんまり大きくないものは皆その下に抱え込まれてしまって居る。 八つになる弟が強請んで種を下して・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・細かい雨、横なぐりなザンザ雨、または霧、この間は家根をも剥しそうな大風が吹いた。硝子が鳴り、破れそうで眠れない程であった。起きて廊下から瞰下すと、その大風に吹き掃かれる深夜の空には月が皎々と照り、星が燦めいている。丁度、月の光りに浸された原・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・ けれ共、物質的に精神的に貧しく金のない此等の農民の生活は実に哀れな、より所のない、一吹きの大風にもその基をくつがえされそうなものである。 村の南北に通じた里道に沿うて、子供沢山で居て貧しい小作男の夫婦が居るあばら・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫