・・・「天が下に新しいものはない」というのはこういう事を指していうのかもしれない。 もう少しよく捜したら貴重な未来の新思想の種子がこの忘れられた古い書物の中からいくらも拾い出せそうな気もする。・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・思わぬ人の誰なるかを知りたる時、天が下に数多く生れたるもののうちにて、この悲しき命に廻り合せたる我を恨み、このうれしき幸を享けたる己れを悦びて、楽みと苦みの綯りたる縄を断たんともせず、この年月を経たり。心疚ましきは願わず。疚ましき中に蜜ある・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ここにも天が下の風は吹く事があると見えて、浮ぶ葉は吹き寄せられて、所々にかたまっている。群を離れて散っているのはもとより数え切れぬ。糸の音は三たび響く。滑かなる坂を、護謨の輪が緩々練り上る如く、低くきより自然に高き調子に移りてはたとやむ。・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫