・・・毛利先生は生徒の機嫌をとってまでも、失職の危険を避けようとしている。だから先生が教師をしているのは、生活のために余儀なくされたので、何も教育そのものに興味があるからではない。――朧げながらこんな批評を逞ゅうした自分は、今は服装と学力とに対す・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ 人間の文化が進むに従ってこの門衛の肝心な役目はどうかすると忘れられがちで、ただ小屋の建築の見てくれの美観だけが問題になるようであるが、それでもまだこの門衛の失職する心配は当分なさそうである。感官を無視する科学者も時にはにおいで物質を識・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ 公園の草原では、若い女たちが二人三人とあちこちにかたまって、靴をぬいで昼飯をぬいた失職の体を暖めている。イギリスの公園と云えば世界に有名だけれども、ロンドンの東部の公園では、遊んでいる子供も大人も顔色から言葉つきからその骨組の工合まで・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・やがて公荘の妻が病死し、允子は失職する。子供を抱えた生活が脅かされはじめ、允子は「結局女に残された一番万全な職業といったら細君業の外にはないのだろうか。これなら一生食いそこないはないのだ」と、細君を失くした医者の後妻の縁談までを、一旦ことわ・・・ 宮本百合子 「山本有三氏の境地」
出典:青空文庫