元和か、寛永か、とにかく遠い昔である。 天主のおん教を奉ずるものは、その頃でももう見つかり次第、火炙りや磔に遇わされていた。しかし迫害が烈しいだけに、「万事にかない給うおん主」も、その頃は一層この国の宗徒に、あらたかな・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ 二 奉行の前に引き出された吉助は、素直に切支丹宗門を奉ずるものだと白状した。それから彼と奉行との間には、こう云う問答が交換された。 奉行「その方どもの宗門神は何と申すぞ。」 吉助「べれんの国の御若君、・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・は一切諸悪の根本なれば、いやしくも天主の御教を奉ずるものは、かりそめにもその爪牙に近づくべからず。ただ、専念に祈祷を唱え、DS の御徳にすがり奉って、万一「いんへるの」の業火に焼かるる事を免るべし」と。われ、さらにまた南蛮の画にて見たる、悪・・・ 芥川竜之介 「るしへる」
・・・半死の船子は最早神明の威令をも奉ずる能わざりき。 学生の隣に竦みたりし厄介者の盲翁は、この時屹然と立ちて、諸肌寛げつつ、「取舵だい」と叫ぶと見えしが、早くも舳の方へ転行き、疲れたる船子の握れる艪を奪いて、金輪際より生えたるごとくに突・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・「何でもないんです、比喩は廃して露骨に申しますが、僕はこれぞという理想を奉ずることも出来ず、それならって俗に和して肉慾を充して以て我生足れりとすることも出来ないのです、出来ないのです、為ないのではないので、実をいうと何方でも可いから決め・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・責を重んじ、心を虚にして気を平にし、内に自からかえりみて、はたして心に得るものあらば、読書の士君子を助けてその術を施さしめ、読書家もまた己れを忘れて力をつくし、ともに天下の裨益を謀り、一国独立の大義を奉ずる事あらば、また善からずや。・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・かの西洋諸国の人民がいわゆる野蛮国なるものを侵して、次第にその土地を奪い、その財産を剥ぎ、他の安楽を典して自から奉ずるの資となすが如き、その処置、毫も盗賊に異ならず。 在昔、欧羅巴の白人が亜米利加に侵入してその土人を逐い、英人が印度地方・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・既に哺乳の時を過ぎて後も、子供の飲食衣服に心を用いて些細の事までも見遁しにせざるは、即ち婦人の天職を奉ずる所以にして、其代理人はなき筈なり。飲食衣服は有形の物にして誰れの手を以て与うるも同様なるに似たれども、其これを与うるの間に母徳無形の感・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・すなわちその極点は、この教を奉ずる国民の公議輿論に適すべき部分にかぎりて働を呈し、それ以上においては輿論のために制せらるるを常とす。 たとえば支那と日本の習慣の殊なるもの多し。就中、周の封建の時代と我が徳川政府封建の時代と、ひとしく封建・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・殊に政府の新陳変更するに当りて、前政府の士人等が自立の資を失い、糊口の為めに新政府に職を奉ずるがごときは、世界古今普通の談にして毫も怪しむに足らず、またその人を非難すべきにあらずといえども、榎本氏の一身はこれ普通の例を以て掩うべからざるの事・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫