・・・処で艶麗な、奥方とか、それ、人間界で言うものが、虹の目だ、虹の目だ、と云うものを(嘴この黒い、鼻の先へひけらかした。この節、肉どころか、血どころか、贅沢な目玉などはついに賞翫した験がない。鳳凰の髄、麒麟の鰓さえ、世にも稀な珍味と聞く。虹の目・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ もう疾に、余所の歴きとした奥方だが、その私より年上の娘さんの頃、秋の山遊びをかねた茸狩に連立った。男、女たちも大勢だった。茸狩に綺羅は要らないが、山深く分入るのではない。重箱を持参で茣蓙に毛氈を敷くのだから、いずれも身ぎれいに装っ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 赤羽停車場の婆さんの挙動と金貨を頂かせた奥方の所為とは不言不語の内に線を引いてそれがお米の身に結ばれるというような事でもあるだろうと、聞きながら推したに、五百円が失せたというのは思いがけない極であった。「ええ、すっかり紛失?」と判・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「あら! 私……」 この、もの淑なお澄が、慌しく言葉を投げて立った、と思うと、どかどかどかと階子段を踏立てて、かかる夜陰を憚らぬ、音が静寂間に湧上った。「奥方は寝床で、お待ちで。それで、お出迎えがないといった寸法でげしょう。」・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・なお念のために伺いますが、それでは、むかし御殿のお姫様、奥方のお姿でござりますな。」「草双紙の絵ですよ。本があると都合がいいな。」 樹島は巻莨を吸いさして打案じつつ、「倭文庫。……」「え、え、釈迦八相――師匠の家にございまし・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・「どなたの奥方とも存ぜずに、いつとなくそう申すのでございまして……旦那。――お艶様に申しますと、じっとお聞きなすって――だと、その奥さまのお姿は、ほかにも見た方がありますか、とおっしゃいます――ええ、月の山の端、花の麓路、螢の影、時雨の・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・しかる処へ、奥方連のお乗込みは、これは学問修業より、槍先の功名、と称えて可い、とこう云うてな。この間に、おりく茶を運ぶ、がぶりとのむ。 はッはッはッはッ。撫子弱っている。村越 いや、召使い……なんですよ。・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・――たった今、その美しい奥方様が、通りがかりの乞食を呼んで、願掛は一つ、一ヶ条何なりとも叶えてやろうとおっしゃります。――未熟なれども、家業がら、仏も出せば鬼も出す、魔ものを使う顔色で、威してはみましたが、この幽霊にも怨念にも、恐れなされま・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・けれ共奥方は武士の娘なので世に例のある事だからと知らぬ振してすぎて居た。それだのに小吟はいいきになってやめないので家も乱れるほどになったので事をへだてぬ夫婦の間の事だからおいさめになると旦那も今までの事はほんとうに悪かったとさとってそれから・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・「キクちゃんの机の上に、クレーヴの奥方という本があったね。」 私はまた以前のとおりに、からだを横たえながら言う。「あの頃の貴婦人はね、宮殿のお庭や、また廊下の階段の下の暗いところなどで、平気で小便をしたものなんだ。窓から小便をす・・・ 太宰治 「朝」
出典:青空文庫