・・・六金さんのほかにも、柳橋のが三人、代地の待合の女将が一人来ていたが、皆四十を越した人たちばかりで、それに小川の旦那や中洲の大将などの御新造や御隠居が六人ばかり、男客は、宇治紫暁と云う、腰の曲った一中の師匠と、素人の旦那衆が七八人、その中の三・・・ 芥川竜之介 「老年」
・・・ 或る料理屋の女将が、小間物屋がばらふの櫛を売りに来た時、丁度半纏を着て居た。それで左手を支いて、くの字なりになって、右手を斜に高く挙げて、ばらふの櫛を取って、透かして見た。その容姿は似つかわしくて、何ともいえなかったが、また其の櫛の色・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・主人の姉――名はお貞――というのが、昔からのえら物で、そこの女将たる実権を握っていて、地方有志の宴会にでも出ると、井筒屋の女将お貞婆さんと言えば、なかなか幅が利く代り、家にいては、主人夫婦を呼び棄てにして、少しでもその意地の悪い心に落ちない・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・……まるで芸者屋のお女将でも着そうな羽織じゃないか」風々主義者の彼も、さすが悪い気持はしないといった顔してこう言った。 私は、原口のように「それでは僕も明日の晩は失敬するからね」と思いきりよく挨拶して帰りえないで、ぐずぐずと、彼と晩飯前・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ いつか、井伏さんが釣竿をかついで、南伊豆の或る旅館に行き、そこの女将から、「お部屋は一つしか空いて居りませんが、それは、きょう、東京から井伏先生という方がおいでになるから、よろしく頼むと或る人からお電話でしたからすみませんけど。」・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・○もりたや女将に六百円手交。借銭は人生の義務か。○駱駝が針の穴をくぐるとは、それや無理な。出来ませぬて。○私を葬り去る事の易き哉。○公侯伯子男。公、侯、伯、子、男。○銭湯よろし。○美濃十郎。美濃十郎。美濃十郎。初号活・・・ 太宰治 「古典風」
・・・あきらかに善人、女将あるいはギャング映画の影響うけて、やがて、わが悪の華、ひそかに実現はかったのではないのか、そんな大型の証拠、つきつけられては、ばからしきくらいに絶体絶命、一言も弁解できないじゃないか、ばかだなあ、田舎の悪人は、愛嬌あって・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・いつも、きちっと痛いほど襟元を固く合せている四十歳前後の、その女将は、青白い顔をして出て来て、冷く挨拶した。「お泊りで、ございますか。」 女将は、笠井さんを見覚えていない様子であった。「お願いします。」笠井さんは、気弱くあいそ笑いし・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 空には月があり、ゆっくり歩いていると肩のあたりがしっとり重り、薄ら寒い晩であった。彼等は帰るなり火鉢に手をかざしていると、「どうでござりました」 女将さんが煎茶道具をもって登って来た。「ようようお見やしたか」「顔違いが・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ ○もっと小さいうち、始めて△のとき、茶屋の女将「何度おしやはった?」「三十六度」「あほ云わんとき! 三十六度! そんなことがあるかいな」「だっておかはん、あて勘定してたもん」 哀れ。考え違い。 舞姫などこのよう・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫