・・・言われぬ取廻しに俊雄は成仏延引し父が奥殿深く秘めおいたる虎の子をぽつりぽつり背負って出て皆この真葛原下這いありくのら猫の児へ割歩を打ち大方出来たらしい噂の土地に立ったを小春お夏が早々と聞き込み不断は若女形で行く不破名古屋も這般のことたる国家・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・彼女は半分独りごとのように、「あの秩父のお山のずっと向うの方が、東京だよ。ずっと、ずっと向うの方だよ。東京は遠いねえ」 やがて新七もいそがしい中に僅かの暇を見つけ、一晩泊りがけで浦和まで母を迎えにやって来てくれた。その翌日は・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・腕力の強いガキ大将、お山の大将、乃木大将。 貴族がどうのこうのと言っていたが、或る新聞の座談会で、宮さまが、「斜陽を愛読している、身につまされるから」とおっしゃっていた。それで、いいじゃないか。おまえたち成金の奴の知るところでない。ヤキ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・「女形、四十にして娘を知る。」けさの新聞に、新派の女形のそんな述懐が出ていたっけ、四十、か。もすこしのがまんだ。――などと、だんだん小説の筋書から、離れていって、おしまいには、自身の借金の勘定なんか、はじまって、とても俗になった。眠るどころ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・自分の「お山」以外のものは皆つまらなく見えるからである。 一方で案内者のほうから言うと、その率いている被案内者からあまりに信頼されすぎて困る場合もずいぶんありうる。どこまでも忠実に付従して来るはいいとしても、まさかに手洗い所までものその・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・源蔵の妻よりもどこか品格がよくて、そうして実にまた、いかなる役者の女形がほんとうの女よりも女らしいよりもさらにいっそうより多く女らしく見える。女の人形の運動は男のよりもより多く細かな曲線を描くのはもとより当然であるが、それが人形であるために・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・そのときに足踏みならしてたぬきの歌う歌の文句が、「こいさ(今宵お月夜で、お山踏み(たぶん山見分も来まいぞ」というので、そのあとに、なんとかなんとかで「ドンドコショ」というはやしがつくのである。それを伯母が節おもしろく「コーイーサー、、オーツ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
伝統的な女形と云うものの型に嵌って終始している間、彼等は何と云う手に入った風で楽々と演こなしていることだろう。きっちりと三絃にのり、きまりどころで引締め、のびのびと約束の順を追うて、宛然自ら愉んでいるとさえ見える。 旧・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
・・・ これまで日本の女性にあてはめられていた女らしさは、男の扮する女形で表現されました。ここに今日の少女たちが身にそなえはじめている自然な女らしさと全く異った不自然さがあったことが証拠だてられております。女形の身ごなしで表現され得た女らしさ・・・ 宮本百合子 「自然に学べ」
・・・母「ほら御覧なさい、こんなになってるからお靴はけませんよ」 暫く眺めて居て、「いたーい」「チチンぷいぷい」をしてやる子「いたいとこ、どこいった?」母「お山、あっちのお山」子「いたいとこ、お山で何みてゆだろう」・・・ 宮本百合子 「一九二七年春より」
出典:青空文庫