・・・目一つの神につかまった話だの、人を豕にする女神の話だの、声の美しい人魚の話だの、――あなたはその男の名を知っていますか? その男は私に遇った時から、この国の土人に変りました。今では百合若と名乗っているそうです。ですからあなたも御気をつけなさ・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・瀬古 最後の一片はもちろん僕たちの守護女神ともちゃんに献げるのさ。僕はなんという幻滅の悲哀を味わわねばならないんだ。このチョコレットの代わりにガランスが出てきてみろ、君たちはこれほど眼の色を変えて熱狂しはしなかろう。ミューズの女神も一・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ これを聞いて、活ける女神が、なぜみずからのその手にて、などというものは、烏帽子折を思わるるがいい。早い処は、さようなお方は、恋人に羽織をきせられなかろう。袴腰も、御自分で当て、帽子も、御自分で取っておかぶりなさい。 ・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ 声も朗かに、且つ慎ましく、「竜神だと、女神ですか、男神ですか。」「さ、さ。」と老人は膝を刻んで、あたかもこの問を待構えたように、「その儀は、とかくに申しまするが、いかがか、いずれとも相分りませぬ。この公園のずッと奥に、真暗・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ところが、天女のようだとも言えば、女神の船玉様の姿だとも言いますし、いや、ぴらぴらの簪して、翡翠の耳飾を飾った支那の夫人の姿だとも言って、現に見たものがそこにある筈のものを、確と取留めたことはないのでございますが、手前が申すまでもありません・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ とこの趣を――お艶様、その御婦人に申しますと、――そうしたお方を、どうして、女神様とも、お姫様とも言わないで、奥さまと言うんでしょう。さ、それでございます。私はただ目が暗んでしまいましたが、前々より、ふとお見上げ申したものの言うのでは・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・……はたで見ます唯今の、美女でもって夜叉羅刹のような奥方様のお姿は、老耄の目には天人、女神をそのままに、尊く美しく拝まれました。はい、この疼痛のござりますうちだけは、骨も筋も柔かに、血も二十代に若返って、楽しく、嬉しく、日を送るでござりまし・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・両岸には人家や樹陰の深い堤があるので、川の女神は、女王の玉座から踏み出しては家毎の花園の守神となり、自分のことを忘れて、軽い陽気な足どりで、不断の潤いを、四辺のものに恵むのです。 バニカンタの家は、その川の面を見晴していました。構えのう・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・おおむかし、まだ世界の地面は固まって居らず、海は流れて居らず、空気は透きとおって居らず、みんなまざり合って渾沌としていたころ、それでも太陽は毎朝のぼるので、或る朝、ジューノーの侍女の虹の女神アイリスがそれを笑い、太陽どの、太陽どの、毎朝ごく・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・ねますと、女房はにこにこ笑いまして、実は、と言い、男性衰微時代が百年前からはじまっている事、これからはすべて女性の力にすがらなければ世の中が自滅するだろうという事、その女性のかしらは私自身で、私は実は女神だという事、男の子が三人あって、この・・・ 太宰治 「女神」
出典:青空文庫