・・・が、ちょうど妊娠しているために、それを断行する勇気がありません。そこで達雄に愛されていることをすっかり夫に打ち明けるのです。もっとも夫を苦しめないように、彼女も達雄を愛していることだけは告白せずにしまうのですが。 主筆 それから決闘にで・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・金将軍はふと桂月香の妊娠していることを思い出した。倭将の子は毒蛇も同じことである。今のうちに殺さなければ、どう云う大害を醸すかも知れない。こう考えた金将軍は三十年前の清正のように、桂月香親子を殺すよりほかに仕かたはないと覚悟した。 英雄・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・のみならず妊娠しているらしかった。僕は思わず顔をそむけ、広い横町を曲って行った。が、暫らく歩いているうちに痔の痛みを感じ出した。それは僕には坐浴より外に瘉すことの出来ない痛みだった。「坐浴、――ベエトオヴェンもやはり坐浴をしていた。……・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・そして妊娠でありました。私達は、もう長い間、この淋しい、話をするものもない、北の青い海の中で暮らして来たのだから、もはや、明るい、賑かな国は望まないけれど、これから産れる子供に、こんな悲しい、頼りない思いをせめてもさせたくないものだ。 ・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・そして妊娠でありました。……私たちは、もう長い間、このさびしい、話をするものもない、北の青い海の中で暮らしてきたのだから、もはや、明るい、にぎやかな国は望まないけれど、これから産まれる子供に、せめても、こんな悲しい、頼りない思いをさせたくな・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・あんたを探していたのだと、友子は顔を見るなりもう涙を流していた。妊娠しているのだと聞かされ、豹一ははっとした。友子は白粉気もなくて蒼い皮膚を痛々しく見せていた。豹一は友子と結婚した。家の近くに二階借りして、友子と暮した。豹一は毎日就職口を探・・・ 織田作之助 「雨」
・・・驚いて口をはなし、手で柔く押えると、それでも痛いという、血がにじんでも痛いとは言わなかった女だったのに、妊娠したのかと乳首を見たが黒くもない。何もせぬのに夜通し痛がっていたので、乳腺炎になったのかと大学病院へ行き、歯形が紫色ににじんでいる胸・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・私はあの人の妻だもの。そんな風にして眠ってしまったあの人の寝顔を見ていると、私は急にあてどもない嫉妬を感じた。あの人は私のもの、私だけのものだ。私は妊娠しているのです。 私は生れて来る子供のためにもあの人に偉くなって貰わねばと思い、以前・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・掛けては置くものだと、それをもって世間狭い大阪をあとに、ともあれ東京へ行く、その途中、熱海で瞳は妊娠していると打ち明けた。あんたの子だと言われるまでもなく、文句なしにそのつもりで、きくなり喜んだが、何度もそれを繰りかえして言われると、ふと松・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ことに妊娠というようなことにでもなれば、抜き差しならぬ破目に陥ることがある。これは充分警戒しなければならぬことだ。ダンサー、女給、仲居、芸者等いわゆる玄人の女性は気をつけねばならぬ。ことに自分より年増の女は注意を要する。 ・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫