・・・自由とは自然法則に従って進行する一系列の現象を自ら始める絶対的に自発的な原因または能力と呼んだ。すなわち、「何々からの自由でなく、規定の一つ多い積極的自由である。規定が一つ減じることは因果律が許さないが、一つ増加することは差支えない。しから・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ 呉清輝は、警戒兵も居眠りを始める夜明け前の一と時を見計って郭進才と橇を引きだした。橇は、踏みつけられた雪に滑桁を軋らして、出かけて行った。 風も眠っていた。寒気はいっそうひどかった。鼻孔に吸いこまれる凍った空気は、寒いという感覚を・・・ 黒島伝治 「国境」
一 十一月に入ると、北満は、大地が凍結を始める。 占領した支那家屋が臨時の営舎だった。毛皮の防寒胴着をきてもまだ、刺すような寒気が肌を襲う。 一等兵、和田の属する中隊は、二週間前、四平街を出発し・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・ さあ出て釣り始めると、時雨が来ましたが、前の時と違って釣れるわ、釣れるわ、むやみに調子の好い釣になりました。とうとうあまり釣れるために晩くなって終いまして、昨日と同じような暮方になりました。それで、もう釣もお終いにしようなあというので・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・「さ、これから赤色体操を始めるんだぞ。」 独房の中で「ラジオ体操」をやる時には、俺は何時でもそう云っている。こゝが赤色別荘なら、こゝでやるラジオ体操も従って赤色体操なわけである。 俺は元気よく、力一杯に手を振り、足をあげる。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・前の日に見えなかった料理方の人達も帰って来ていて、それぞれ一日の支度を始める。新七もじっとしていなかった。休茶屋の軒先には花やかな提灯などを掛け連ねさせ、食堂の旗を出す指図までして廻った。彼はまた、お三輪の見ている前で、食堂の内にある食卓の・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・ 空からはちらほらと、たゆたいながら雪が落ち始める。 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・木の葉が落ちつくして、こがらしのふき始める秋まで待つ事はたえ切れなかったのです。 おかあさんは鳩の歌に耳をかたむけて、その言うことばがよくわかっていたのですから、この屋敷を出て行くにつけても行く先が知れていました。 重い手かごを門の・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・弱い者いじめを始めるんじゃないだろうね。」 言う事がいちいち不愉快である。「僕のほうが、弱い者かも知れない。どっちが、どうだか判ったものじゃない。とにかく起きて上衣を着たまえ。」「へん、本当に怒っていやがる。どっこいしょ。」と小・・・ 太宰治 「乞食学生」
樹々の若葉の美しいのが殊に嬉しい。一番早く芽を出し始めるのは梅、桜、杏などであるが、常磐木が芽を出すさまも何となく心を惹く。 古葉が凋落して、新しい葉がすぐ其後から出るということは何となく侘しいような気がするものである。椿、珊・・・ 田山花袋 「新茶のかおり」
出典:青空文庫