・・・いや、むしろわたし自身には彼女の威圧を受けている感じの次第に強まるばかりだった。彼女は休憩時間にもシュミイズ一枚着たことはなかった。のみならずわたしの言葉にももの憂い返事をするだけだった。しかしきょうはどうしたのか、わたしに背中を向けたまま・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・ と威圧するごとくに答えながら、双手を挙げて子供等を制した。栗鼠ばかりでない。あと三個も、補助席二脚へ揉合って乗ると斉しく、肩を組む、頬を合わせる、耳を引張る、真赤な洲浜形に、鳥打帽を押合って騒いでいたから。 戒は顕われ、しつけは見・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・大抵は悪紙に描きなぐった泥画であるゆえ、田舎のお大尽や成金やお大名の座敷の床の間を飾るには不向きであるが、悪紙悪墨の中に燦めく奔放無礙の稀有の健腕が金屏風や錦襴表装のピカピカ光った画を睥睨威圧するは、丁度墨染の麻の衣の禅匠が役者のような緋の・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・なかなかの柄であって、われは彼の眉間の皺に不覚ながら威圧を感じた。この男の弟子には、日本一の詩人と日本一の評論家がいるそうな。日本一の小説家、われはそれを思い、ひそかに頬をほてらせた。教授がボオルドに問題を書きなぐっている間に、われの背後の・・・ 太宰治 「逆行」
・・・そうして火山の存在が国民の精神生活に及ぼした影響も単に威圧的のものばかりではない。 日本の山水美が火山に負うところが多いということは周知のことである。国立公園として推された風景のうちに火山に関係したもののはなはだ多いということもすでに多・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・人の威圧やら束縛をけっして肯わない。信仰の点においても、趣味の点においても、あらゆる意見においても、かつて雷同附和の必要を認めない。また阿諛迎合の必要を認めない。してみるといわゆる文明社界に生息している人間ほど平等的なるものはなく、また個人・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・これはもとより金力の例ではありません、権力の他を威圧する説明になるのです。兄の個性が弟を圧迫して無理に魚を釣らせるのですから。もっともある場合には、――例えば授業を受ける時とか、兵隊になった時とか、また寄宿舎でも軍隊生活を主位におくとか――・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・そしてその広大な稲田の全面積は、農民の人々のよろこび、それを眺めてとおる私たちのうれしさという感じとは少しちがった、威圧するような気分を与えるのであった。 稲田は、堂々と、人間生活の労力の上に繁茂しているのに、折々汽車の窓から見えるこの・・・ 宮本百合子 「青田は果なし」
・・・ 飼われて居ない野の小鳥は、自然の威圧にも会うだろうが、誰かに餌を忘られて、為に命を終らなければならないと云う憐れさは持って居ない。 私は眼をあげて、隣家の屋根の斜面に、ころころとふくれて日向ぼっこをして居る六七羽の雀の姿を見た。或・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・つまり、畑や電柱、アンテナなどに文明の波が柔く脈打っているため、威圧的でない程度に自然が浮き上り、一種の田園美をなしている。いつか、長崎村附近を散歩し、この辺とは全然違う印象を受けた。あの辺の村落は恐ろしい勢で解体しつつある。畑などどしどし・・・ 宮本百合子 「是は現実的な感想」
出典:青空文庫