・・・ どうか採桑の農婦すら嫌うようにして下さいますな。どうか又後宮の麗人さえ愛するようにもして下さいますな。 どうか菽麦すら弁ぜぬ程、愚昧にして下さいますな。どうか又雲気さえ察する程、聡明にもして下さいますな。 とりわけどうか勇まし・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・は、執着の極、婦人をして我に節操を尽さしめんか、終生空閨を護らしめ、おのれ一分時もその傍にあらずして、なおよく節操を保たしむるにあらざるよりは、我に貞なりとはいうことを得ずとなし、はじめよりお通の我を嫌うこと、蛇蝎もただならざるを知りながら・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・すいても嫌うても、気立の優しいお妓だから、内証で逢いに行っただろさ。――ほんに、もうお十夜だ――気むずかしい治兵衛の媼も、やかましい芸妓屋の親方たちも、ここ一日二日は講中で出入りがやがやしておるで、その隙に密と逢いに行ったでしょ。」「お・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 他の人の行くことを嫌うところへ行け。 他の人の嫌がることをなせ これがマウント・ホリヨーク・セミナリーの立った土台石であります。これが世界を感化した力ではないかと思います。他の人の嫌がることをなし、他の人の嫌がるところ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 今時の聖書研究は大抵は来世抜きの研究である、所謂現代人が嫌う者にして来世問題の如きはない、殊に来世に於ける神の裁判と聞ては彼等が忌み嫌って止まざる所である、故に彼等は聖書を解釈するに方て成るべく之れを倫理的に解釈せんとする、来世に関する聖・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・第一、と言いかけるを押し止めて、もういいわ、お前はお前の了簡で嫌うさ。私は私で結交うから、もうこのことは言わぬとしよう。それでいいではないか。顔を赤め合うのもつまらんことだ。と言えども色に出づる不満、綱雄はなおも我を張りて、ではありますが、・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ だが、彼等は、その毛虫の嫌う、社会主義によらなければ、永久の貧乏から免れないのだ。 それをどうして、百姓に了解させるか。 それから、百姓の中には、いまだに、自分が農民であるという観念に強くとらわれて、労働者は彼等と対立するかの・・・ 黒島伝治 「選挙漫談」
・・・「庄屋の旦那が、貧乏人が子供を市の学校へやるんをどえらい嫌うとるんじゃせにやっても内所にしとかにゃならんぜ。」と、彼は、声を低めて、しかも力を入れて云った。「そうかいな。」「誰れぞに問われたら、市へ奉公にやったと云うとくがえいぜ・・・ 黒島伝治 「電報」
一 ぽか/\暖かくなりかけた五月の山は、無気味で油断がならない。蛇が日向ぼっこをしたり、蜥蜴やヤモリがふいにとび出して来る。 僕は、動物のうちで爬虫類が一番きらいだ。 人間が蛇を嫌うのは、大昔に、まだ人間とならない時代の・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・「お前はむさんこに肥を振りかけるせに、あれは嫌うとるようじゃないかいの。」ばあさんは囁いた。「そうけえ。」「また、何ぞ笑われたやえいんじゃ。」「ふむ。」とじいさんは眼をしばたいた。「臭いな、こんじゃ仕様がない。」清三は会・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
出典:青空文庫