・・・柿が一番旨いという人もあれば、柿には酸味がないから菓物の味がせぬというて嫌う人もある。梨が一番いいという人もあれば、菓物は何でもくうが梨だけは厭やだという人もある。あるいは覆盆子を好む人もあり葡萄をほめる人もある。桃が上品でいいという人もあ・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・して見ると福の神はこんな皺くちゃ婆さんを嫌うのであろうか。あるいは福の神はこの婆さんの内の門口まで行くのであるけれど、婆さんの方で、福なんかいらないというて追い返すような人相とも見える。……………次も二人乗の車だが今度は威勢が善い。乗ってる・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・死ということを嫌うがため自分が煩悶して居るんだと思うて居る人が多い。しかし今日になっては死を嫌うがために煩悶することは極めて少ないので、むしろ苦痛の甚しいために早く死ねばよいと思う方が多くなって来た。これは経験のない人に話したところがわから・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・尤も老人病弱者にても若し肉食を嫌うものがあればこれに適するような消化のいい食品をつくる事に就ては私共只今充分努力を致して居るのであります。仮令ば蛋白質をば少しく分解して割合簡単な形の消化し易いものを作る等であります。 第二に食事は一つの・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・いじらしいような心持と、わざとらしさを嫌う心持が交々さほ子の心に湧いた。 千代は、その人形を見せ、彼女に国の話をきかせた。 千代の話によれば、彼女の父は町で有名な酒乱であった。彼女の母は、十年前妹をつれて逃げ、今名古屋にいる。その人・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・以外の人間には時々我慢の出来ない玄人の臭味と浅薄さとを嫌うからである。併し、目指す方向は正しくても、舞台を踏んで遣りこなす教養がどうしても足りないので不具になる。近頃、女優劇と云えば、既に或る程度の水準が定められ、喧しくがみがみ云わない代り・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・直射する光線を嫌う私の机は、北向の小部屋の隅にある。何処となく薄ら時雨れた日、流石に自分もぬくぬくとした日向のにおいが恋しく感じられたのである。来年の花の用意に、怠りなく小さい芽を育てて居る蘭の鉢などを眺めながら、何心なく柱に倚って居ると、・・・ 宮本百合子 「餌」
・・・ ロシア文学で Tolstoi のある文章を嫌うのは、無政府党が「我信仰」や「我懺悔」を主義宣伝に応用しているから、一応尤もだとも云われよう。小説や脚本には、世界中どこの国でも、格別けむたがっているような作はない。それを危険だとしてある・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・恋うるも恋うるゆえに恋うるとこそ聞け、嫌うもまたさならん」「あるとき父の機嫌よきをうかがい得て、わがくるしさいいいでんとせしに、気色を見てなかばいわせず。『世に貴族と生れしものは、賤やまがつなどのごとくわがままなる振舞い、おもいもよらぬ・・・ 森鴎外 「文づかい」
・・・そして不用意に古言を用いることを嫌う。 しかしわたくしは保守の見解にのみ安住している窮屈に堪えない。そこで今体文を作っているうちに、ふと古言を用いる。口語体の文においてもまた恬としてこれを用いる。着意してあえて用いるのである。 そし・・・ 森鴎外 「空車」
出典:青空文庫