・・・私のこれから撃つべき相手の者たちの大半は、たとえばパリイに二十年前に留学し、或いは母ひとり子ひとり、家計のために、いまはフランス文学大受け、孝行息子、かせぐ夫、それだけのことで、やたらと仏人の名前を書き連ねて以て、所謂「文化人」の花形と、ご・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・親孝行は、それだけで、生きることの立派な目的になる。人間なんて、そんなにたくさん、あれもこれも、できるものじゃないのだ。しのんで、しのんで、つつましくやってさえ行けば、渡る世間に鬼はない。それは、信じなければ、いけないよ。」「きょうは、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・削除になったり、長篇の出版が不許可になったり、情報局の注意人物なのだそうで、本屋からの注文がぱったり無くなり、そのうちに二度も罹災して、いやもう、ひどいめにばかり遭いましたが、しかし、私はその馬鹿親に孝行を尽そうと思いました。いや、妙な美談・・・ 太宰治 「返事」
・・・黄村のまえではあくまで内気な孝行者に、塾に通う書生のまえでは恐ろしい訳知りに、花柳の巷では即ち団十郎、なにがしのお殿様、なんとか組の親分、そうしてその辺に些少の不自然も嘘もなかった。 そのあくるとしに父の黄村が死んだ。黄村の遺書にはこう・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・母は、舅に孝行であるから、それをもらっても、ありがたそうな顔をして、帯の上に、それでもなるべく目立たないように吊り下げる。祖父の晩酌のビイルを一本多くした時には、母は、いや応なしに、この勲章をその場で授与されてしまうのである。長兄も、真面目・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・いい嫁だ。孝行な倅にうってつけの気だてのよい嫁だ。老人の俺に仕事をさせまいとする心掛がよくわかる――。 しかし、善ニョムさんは寝床の中で、もう三日くらした。年のせいか左脚のリュウマチが、この二月の寒気で痛んでしようがなかった。「温泉・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・されども夫の家にゆきては専らしゅうとしゅうとめを我親よりも重んじて厚く愛しみ敬ひ孝行を尽べし。親の方を重んじ舅の方を軽ずる事なかれ。の方の朝夕の見舞を闕べからず。の方の勤べき業を怠べからず。若しの命あらば慎行ひて背べからず。万のこと舅姑に問・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 親に孝行は当然のことなり。ただ一心に我が親と思い、余念なく孝行をつくすべし。三年父母の懐をまぬかれず、ゆえに三年の喪をつとむるなどは、勘定ずくの差引にて、あまり薄情にはあらずや。 世間にて、子の孝ならざるをとがめて、父母の慈ならざ・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・あるいは夫婦不徳の家に孝行の子女を生じ、兄弟姉妹団欒として睦まじきこともあらば、これは不思議の間違いにして、稀に人間世界にあるも、常に然るを冀望すべからざる所のものなり。世間あるいは強いてこれを望む者もあるべしといえども、その迂闊なるは病父・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・もとの鏡立て身に入むや亡妻の櫛を閨に蹈む門前の老婆子薪貪る野分かな栗そなふ恵心の作の弥陀仏書記典主故園に遊ぶ冬至かな沙弥律師ころり/\と衾かなさゝめこと頭巾にかつく羽折かな孝行な子供等に蒲団一つづゝのごと・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
出典:青空文庫