・・・そう云う動物を生かして置いては、今日の法律に違うばかりか、一国の安危にも関る訣である。そこで代官は一月ばかり、土の牢に彼等を入れて置いた後、とうとう三人とも焼き殺す事にした。(実を云えばこの代官も、世間一般の人々のように、一国の安危に関・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・しかし一身の安危などは上帝の意志に任せてあるのか、やはり微笑を浮かべながら、少女との問答をつづけている。「きょうは何日だか御存知ですか?」「十二月二十五日でしょう。」「ええ、十二月二十五日です。十二月二十五日は何の日ですか? お・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・ ここ一時間を無事に保たば、安危の間を駛する観音丸は、恙なく直江津に着すべきなり。渠はその全力を尽して浪を截りぬ。団々として渦巻く煤烟は、右舷を掠めて、陸の方に頽れつつ、長く水面に横わりて、遠く暮色に雑わりつ。 天は昏こんぼうとして・・・ 泉鏡花 「取舵」
・・・これをでかばちに申したら、国家の安危に係わるような、機会がないとも限らぬ、その拇指、その小指、その片手の働きで。 しかるをいわんや臨兵闘者皆陣列在前といい、令百由旬内無諸哀艱と唱えて、四縦五行の九字を切るにおいては、いかばかり不思議の働・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・民族共同体の運命に本能的な安危を感じない国際主義者は冷やかに静観してすまされる。共存同悲の大衆へのあわれみが肉体的な交感にまで現実化していない者は、いわゆる「助けせきこむ」気持が理解できないのである。 われわれは宗教家である日蓮が政治的・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 祖国の安危のために、世界の平和のために、人道と文明のために、たちがたき恩愛をたって、自分の子を供えものにせねばならぬ。マリアはキリストを、乃木夫人は二人の息子を、この要求のために犠牲にしたのだ。初めに出発した生物的、本能的愛と比較する・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・それにもかかわらず今日の政治をあずかっている人たちで地震の事などを国の安危と結びつけて問題にする人はないようである。それで市民自身で今から充分の覚悟をきめなければせっかく築き上げた銀座アルプスもいつかは再び焦土と鉄筋の骸骨の砂漠になるかもし・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ 個人の幸福の基礎となるべき個人主義は個人の自由がその内容になっているには相違ありませんが、各人の享有するその自由というものは国家の安危に従って、寒暖計のように上ったり下ったりするのです。これは理論というよりもむしろ事実から出る理論と云・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・その口に説くところを聞けば主公の安危または外交の利害などいうといえども、その心術の底を叩てこれを極むるときは彼の哲学流の一種にして、人事国事に瘠我慢は無益なりとて、古来日本国の上流社会にもっとも重んずるところの一大主義を曖昧糢糊の間に瞞着し・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・同じ早苗姫を我ものとする為には親子の離反を厭わず、家国の安危を度外視するにしても、従来のように其動機を只外面からのみ照して、信玄とも云われようものが、何、仕て出来ないことがあろうかと云う名に動かされた行為とはせず、彼時代の圏境の裡に武将とし・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫