・・・しかし、私の頭脳は少しも混乱して居りません。安眠も出来ます。勉強も出来ます。成程、二度目に第二の私を見て以来、稍ともすると、ものに驚き易くなって居りますが、これはあの奇怪な現象に接した結果であって、断じて原因ではございません。私はどうしても・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・何となればこんなに朝早くから起きているのを見ると、多くの人々がまだ安眠している時分にも、生活の為に働いているのであろうと感じたからであった。 私は新聞の問題よりも、此の方に多くの注意を惹いた。而して其の後此の家に注目したが、未だこの家の・・・ 小川未明 「ある日の午後」
・・・の墓が並んでいる、その中のごく小さな墓――小松の根にある――の前に豊吉は立ち止まった。 この墓が七年前に死んだ「並木善兵衛之墓」である、「杉の杜の髯」の安眠所である。 この日、兄の貫一その他の人々は私塾設立の着手に取りかかり、片山と・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・死者は、なんの感ずるところなく、知るところなく、よろこびもなく、かなしみもなく、安眠・休歇にはいってしまうのに、これを悼惜し、慟哭する妻子・眷属その他の生存者の悲哀が、幾万年かくりかえされた結果として、なんびとも、死は漠然とかなしむべし、お・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・しく悲しきのみである、三魂、六魂一空に帰し、感覚も記憶も直ちに消滅し去るべき死者其人に取っては、何の悼みも悲みもあるべき筈はないのである、死者は何の感ずる所なく、知る所なく、喜びもなく、悲しみもなく、安眠・休歇に入って了うのに、之を悼惜し慟・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・になるんだろうが、これだって自分の家ではない、寓居だ、そのように三界に家なしと言われる程の女が、別にその孤独を嘆ずるわけでもなし、あくせくと針仕事やお洗濯をして、夜になると、その他人の家で、すやすやと安眠しているじゃないか、たいした度胸だ、・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・子供たちはもう蒲団の上におろされて、安眠している。親たちは、ただぼんやり、甲府市の炎上を眺めている。飛行機の、あの爆音も、もうあまり聞えなくなった。「そろそろ、おしまいでしょうね。」「そうだろう。いや、もうたくさんだ。」「うちも・・・ 太宰治 「薄明」
・・・とにかく今夜一晩だけでもあの包みなしに安眠したいと思ったのである。明朝になったなら、またどうにかしようというのであった。しかしそれは画餅になった。おれはとうとう包みと一しょに寝た。十二キロメエトル歩いたあとだからおれは随分くたびれていて、す・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・勝手に仕事を途中で中止してのんきに安眠するという事は存外六ケしい事であるに相違ない。しかし彼は適当な時にさっさと切り上げて床につく、そして仕事の事は全く忘れて安眠が出来ると彼自身人に話している。ただ一番最初の相対原理に取り付いた時だけはさす・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・用がすんだら弛緩してもいいはずの緊張が強直の状態になってそれが夜までも持続して安眠を妨げるようなことがおりおりある。このような神経の異常を治療するのにいちばん手軽な方法は、講演会場から車を飛ばしてどこかの常設映画館に入場することである。上映・・・ 寺田寅彦 「映画と生理」
出典:青空文庫