・・・ 絞罪より、斬首より、その極刑をお撰びなさるが宜しい。 途中、田畝道で自殺をしますまでも、私は、しかしながらお従い申さねばなりますまい。 あるいは、革鞄をお切りなさるか、お裂きになるか。…… すべて、いささかも御斟酌に及びま・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・神社へ参詣をして、裏門の森を抜けて、一度ちょっと田畝道を抜けましたがね、穀蔵、もの置蔵などの並んだ処を通って、昔の屋敷町といったのへ入って、それから榎の宮八幡宮――この境内が、ほとんど水源と申して宜しい、白雪のとけて湧く処、と居士が言います・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・開けたままで宜しい。あとで寺男が直しますでの。石段が欠けて草蓬々じゃ、堂前へ上らっしゃるに気を着けなされよ。」 この卵塔は窪地である。 石を四五壇、せまり伏す枯尾花に鼠の法衣の隠れた時、ばさりと音して、塔婆近い枝に、山鴉が下りた。葉・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・売らんのだから買わんでも宜しい。見て行きたまえ。見物をしてお出でなさい。今、運動を起す、一分間にして暴れ出す。 だが諸君、だがね諸君、歯磨にも種々ある。花王歯磨、ライオン象印、クラブ梅香散……ざっと算えた処で五十種以上に及ぶです。だが、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・――「いや、宜しい。……」 懐中へ取って、ずっと出た。が、店を立離れてから、思うと、あの、しおらしい女の涙ならば、この袂に受けよう。口紅の色は残らぬが、瞳の影とともに玉を包んだ半紙はここにある。――ちょっとは返事をしなかったのもそのせい・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 前にも言った通り、私は夏目さんの近年の長篇を殆んど読んでいないといって宜しい。よし新聞や何かで断片的には読んでいるとしても、私はやはり初期の作が好きだ。特に短篇に好きなものがある。「文鳥」のようなものが佳いと思う。「猫」、「坊ちやん」・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・若しこの社会の有力なる識者が、真に母が子供に対する如き無窮の愛と、厳粛さとを有って行うのであれば宜しいけれども、そうでないならば寧ろ自然の儘に放任して置くに如かぬ、彼等の多くは愛を誤解している。 茲に苦しんでいる人間があるとする。それを・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・「お話の先を願いたいものです」と岡本は上村を促がした。「そうだ、先をやり給え!」と近藤は殆ど命令するように言った。「宜しい! それから僕は卒業するや一年ばかり東京でマゴマゴしていたが、断然と北海道へ行ったその時の心持といったら無・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 自分は一々聴き終わって、今の自分なら、「宜しい! 不用けゃ三円も上げんばかりだ。泣くな、泣くな、可いじゃないか母上さんの方から母でもない子でも無いというのなら、致かたもないさ。無理も大概にして貰わんとな」 然しあの時分はそうで・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「解せるじゃアないか、大津が黒田のお玉さんと結婚しただろう、富岡先生少し当が外れたのサ、其処で宜しい此処にもその積があるとお梅嬢を連れて東京へ行って江藤侯や井下伯を押廻わしてオイ井下、娘を頼む位なことだろうヨ」「そうかしらん?」・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫