・・・ たとえば海陸軍においても、軍艦に乗りて海上に戦い、馬に跨て兵隊を指揮するは、真に軍人の事にして、身みずから軍法に明らかにして実地の経験ある者に非ざれば、この任に堪えず。されども海陸軍、必ずしも軍人のみをもって支配すべからず。軍律の裁判・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・私学校は人を教えて世の裨益をなすべき術に富めるといえども、この術を実地に施すべき財に貧なり。ゆえに、学校を建つるの要訣は、この得失を折衷して、財を有するものは財を費し、学識を有するものは才力を尽し、もって世の便利を達するにあり。 そもそ・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・故に下等士族が教育を得てその気力を増し、心の底には常に上士を蔑視して憚るところなしといえども、その気力なるものはただ一藩内に養成したる気力にして、所謂世間見ずの田舎者なれば、他藩の例に傚てこれを実地に活用すること能わず。かつその仲間の教育な・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・曙覧が実地に写したる歌の中に飛騨の鉱山を詠めるがごときはことに珍しきものなり。日の光いたらぬ山の洞のうちに火ともし入てかね掘出す赤裸の男子むれゐて鉱のまろがり砕く鎚うち揮てさひづるや碓たててきらきらとひかる塊つきて粉にする・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・さすがに強情な僕も全く素人であるだけにこの実地論を聞いて半ば驚き半ば感心した。殊に日本画の横顔には正面から見たような目が画いてあるのだといわれて非常に驚いた。けれども形似は絵の巧拙に拘らぬという論でもってその驚きを打ち消してしもうた。その後・・・ 正岡子規 「画」
・・・ 東京地図などが持ち出されるのは、大抵従弟で、戦争を実地に経験して来たような客のある晩であった。 どうだろうねえ、どう思う? そんなことから、どれ、東京地図あるかい、という調子で地図が出され、その地図を開いてテーブルの上にひろげ、両・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・時代は投票の純潔さを益々必要とするのに、実際は、公機であるべき新聞が先棒でその逆が勝利を占めることを実地教訓する。――これは一つの苦々しき滑稽だ。新聞が、いかに理想低き一営業に過ぎないかを表白している。この精神的影響の上に数万円のハガキ代と・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・創作の準備がすすむにつれ実地調査の欲が起って、その会社と交渉したところ、快く面談、説明案内をされ、到れりつくせりで、その作家A氏は、度々そっちの人と逢っているうちにいつか、資本家も人間であるという人々の説明にしんから同感するようになった。そ・・・ 宮本百合子 「文学の大衆化論について」
・・・ 村民の経済事情が悪化し剥脱されてゆく過程、市会議員の利権あさり、官僚的冷血、自然発生的に高まりやがて無気力な怨嗟にかわってゆく村民の心持の推移などを、作者は恐らく実地にあたって調査した上で書いているのであろう。龍三や安江などの性格化、・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・水野精一君たちの精密な実地踏査が始まったのもそのころで、その成果『雲岡石窟』十五巻の刊行が終わったのは、つい数年前のことである。これで雲岡遣蹟の紹介の仕事は完成したといってよいが、しかしそれは伊東博士が撮影して来られてから、半世紀たってのこ・・・ 和辻哲郎 「麦積山塑像の示唆するもの」
出典:青空文庫