・・・ 保吉はストオヴの前に立った宮本と云う理学士の顔を見上げた。近眼鏡をかけた宮本はズボンのポケットへ手を入れたまま、口髭の薄い唇に人の好い微笑を浮べていた。「堀川君。君は女も物体だと云うことを知っているかい?」「動物だと云うことは・・・ 芥川竜之介 「寒さ」
・・・――宮本武蔵伝読後。 ユウゴオ 全フランスを蔽う一片のパン。しかもバタはどう考えても、余りたっぷりはついていない。 ドストエフスキイ ドストエフスキイの小説はあらゆる戯画に充ち満ちている。尤もその又戯・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ この使のついでに、明神の石坂、開化楼裏の、あの切立の段を下りた宮本町の横小路に、相馬煎餅――塩煎餅の、焼方の、醤油の斑に、何となく轡の形の浮出して見える名物がある。――茶受にしよう、是非お千さんにも食べさしたいと、甘谷の発議。で、宗吉・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ お雪の病気を復すにも怪しいものを退治るにも、耆婆扁鵲に及ばず、宮本武蔵、岩見重太郎にも及ばず、ただ篠田の心一つであると悟りましたので、まだ、二日三日も居て介抱もしてやりたかったのではありますけれども、小宮山は自分の力では及ばない事を知・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・昨年の春より今年の春まで一年と三月の間、われは貴嬢が乞わるるままにわが友宮本二郎が上を誌せし手紙十二通を送りたり、十二通に対する君が十五通の礼状を数えても一年と三月が間の貴嬢がよろこびのほどは知らる。今十二通の裏にみなぎる春の楽しみを変えて・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・むかしの武士は、血を吐きながらでも道場へかよったものだ。宮本武蔵だって、病身だったのだ。自分の非力を補足するために、かの二刀流を案出したとかいう話さえ聞いている。武蔵の「独行道」を読んだか。剣の名人は、そのまま人生の達人だ。 一、世々の・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ 友人たちとこの映画のうわさをしていたとき、居合わせたK君は、坊間所伝の宮本武蔵対佐々木巌流の試合を引き合いに出した。武蔵は約束の時間を何時間も遅刻してさんざんに相手をじらしたというのである。武蔵もまたどこかユダヤ人のような頭の持ち主で・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・と呼んだら、二人は変装している自分を、知ってか知らずにか、振り返って近づいて来た、と、二人は「宮本利平だ!」と、冷たく云い放って、踵を返してバタバタ逃げ出してしまった。奴らは見張をしていたのだ。生意気に「宮本だ」と、平常親より怖れ、また敬っ・・・ 徳永直 「眼」
宮本顕治には、これまで四冊の文芸評論集がある。『レーニン主義文学闘争への道』『文芸評論』『敗北の文学』『人民の文学』。治安維持法と戦争との長い年月の間はじめの二冊の文芸評論集は発禁になっていた。著者が十二年間の獄中生活から・・・ 宮本百合子 「巖の花」
・・・直接作品にあらわれてはいないが宮本の父は一九三八年六月に亡くなった。宮本は巣鴨拘置所で拘禁生活の六年目、わたしは執筆を禁止されていた年に。父母と、こういう状況の下に死別した人々は、その頃の日本にわたしたちばかりではなかった。拘禁生活をさせら・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
出典:青空文庫