・・・いつなりけん、途すがら立寄りて尋ねし時は、東家の媼、機織りつつ納戸の障子より、西家の子、犬張子を弄びながら、日向の縁より、人懐しげに瞻りぬ。 甲冑堂 橘南谿が東遊記に、陸前国苅田郡高福寺なる甲冑堂の婦人像を記せるあり・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・「でもお千代さんここは姫島のはずれですから、家の子はすぐですよ。妙泉寺で待ち合わせるはずでしたねい」 こういわれてようやくの事いくらか気がついてか、「それじゃ少し急いでゆきましょう」 家の子村の妙泉寺はこの界隈に名高き寺なが・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「やさしい子でもあるし、両親がないというのだから、幸い、家の子にしてはどうだな?」と、顔をおばあさんの方に向けて、小さな声でいいました。 おばあさんは、じろじろと少女のようすを見て、孤児にしては、あまりきれいで、どことなく上品なので・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・と響き渡る高い調子で鸚鵡は続けざま叫び出したので、政法も木村も私もあっけに取られていますと、駆けこんで来たのが四郎という十五になるこの家の子です。「鸚鵡をくださいって」と、かごを取って去ってしまいました。この四郎さんは私と仲よしで、近い・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・いずれも農家の子弟だ。その家の一間を借りて高瀬はさしあたり腰掛に荷物を解き、食事だけは先生の家族と一緒にすることにした。横手の木戸を押して、先生は自分の屋敷の裏庭の方へ高瀬を誘った。 先生の周囲は半ば農家のさまだった。裏庭には田舎風な物・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 白城の城主狼のルーファスと夜鴉の城主とは二十年来の好みで家の子郎党の末に至るまで互に往き来せぬは稀な位打ち解けた間柄であった。確執の起ったのは去年の春の初からである。源因は私ならぬ政治上の紛議の果とも云い、あるは鷹狩の帰りに獲物争いの・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・いくら不自由をしない家の子でも、盗癖ばかりは不可抗的なものだ。だが、盗癖ならばまず彼がその難をこうむるべき手近にいた。且つ近来、学校中で盗難事件はさらになかった。 下痢かなんかだろう。 安岡はそう思って、眠りを求めたが眠りは深谷が連・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・かつ大志を抱くものは往々貧家の子に多きものなれども、衣食にも差支うるほどにて、とても受教の金を払うべき方便なく、ついに空く志を挫く者多し。その失、二なり。一、私塾の教師は、教授をもって金を得ざれば、別に生計の道を求めざるをえず。生計に時・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ また日本にては、貧家の子が菓子屋に奉公したる初には、甘をなめて自から禁ずるを知らず、ただこれを随意に任してその飽くを待つの外に術なしという。また東京にて花柳に戯れ遊冶にふけり、放蕩無頼の極に達する者は、古来東京に生れたる者に少なくして・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・ 当時、世に洋学者なきにあらざれども、たいてい皆、医術研究のためにする者にして、前途の目的もあることなれども、余が如きはもと医家の子にあらず、また自分に医師たらんと欲する志もなし。ただわけもなく医学塾にいて、医学生とともに荷蘭の医書を講・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
出典:青空文庫