・・・自殺しようと家出をした。そのような記事がいま眼のまえにあらわれ出ても、私は眉ひとつうごかすまい。むごいことには、私、おどろく力を失ってしまっていた。私に就いての記事はなかったけれども、東郷さんのお孫むすめが、わたくしひとりで働いて生活したい・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・このひとが突然、あたしは天才だ、と言って家出したというのだから、驚いた。草田氏の家と僕の生家とは、別に血のつながりは無いのだが、それでも先々代あたりからお互いに親しく交際している。交際している、などと言うと聞えもいいけれど、実情は、僕の生家・・・ 太宰治 「水仙」
・・・も逆わず、ひたすら古書に親しみ、閑雅の清趣を養っていたが、それでも、さすがに身辺の者から受ける蔑視には堪えかねる事があって、それから三年目の春、またもや女房をぶん殴って、いまに見ろ、と青雲の志を抱いて家出して試験に応じ、やっぱり見事に落第し・・・ 太宰治 「竹青」
・・・結婚のまえの夜、または、なつかしくてならぬ人と五年ぶりに逢う直前などに、思わぬ醜怪の吹出物に見舞われたら、私ならば死ぬる。家出して、堕落してやる。自殺する。女は、一瞬間一瞬間の、せめて美しさのよろこびだけで生きているのだもの。明日は、どうな・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・たとえば家出して船乗りになった一人むすこからの最初の手紙が届いたときに、友だちの手前わざとふくれっ面をして見せたり、居間へ引っ込んでからあわててその手紙を読もうとしてめがねを落として割ったりする場面の彼一流の細かい芸は、臭みもあるかもしれな・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・二円の利益は母親やきょうだいたちの手伝いもふくめてであるが、母親はなんでも倅の家出をおそれていた。「そりゃな、東京の金はとれやすいかも知らんが、入りやすい金は出やすいもんだよ。まして月々におくるという金は、なかなかのこっちゃない」 ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・女は夫を持てば、誰しも夫に愛されたいことばかりを考えますのに、家出をしたからとはいえ、「我儘者だ」とか「何も取柄のない女だ」などと平気でそんな毒口をきくような良人との間に、どうして純粋な清い愛があったといえましょう。こういう複雑な問題は、単・・・ 宮本百合子 「行く可き処に行き着いたのです」
・・・がっかりした様な男の様子を見てお龍はひやっこい声で、「とうとうかえってきたのねえ、あんたは、家出をして又舞いもどった恋猫の様な風をしてサ」と云って一寸男をこづいた。 それをどうのこうのと云うほど男には落ついた心がなかった。手の先・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・をやっておりますが、あの主人公のノラは、いままで夫に玩具にされていたということが不満であり、どうかして、玩具の生活から逃れたいといって、家出をする。あのノラの問題に残されているものは家を出てから、どんな生活を、ノラは樹てていったかということ・・・ 宮本百合子 「幸福について」
大阪の実業家で、もう十四五年も妻と別居し別の家庭を営んでいる増田というひとの娘富美子が大金をもって家出をして、西条エリとあっちこっち贅沢な旅行をした後、万平ホテルで富美子が睡眠薬で自殺しかけた事は、男装の麗人という見出しで・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
出典:青空文庫