立てきった障子にはうららかな日の光がさして、嵯峨たる老木の梅の影が、何間かの明みを、右の端から左の端まで画の如く鮮に領している。元浅野内匠頭家来、当時細川家に御預り中の大石内蔵助良雄は、その障子を後にして、端然と膝を重ねた・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・それは将軍秀忠の江戸から上洛するのを待った後この使に立ったのは長晟の家来、関宗兵衛、寺川左馬助の二人だった。 家康は本多佐渡守正純に命じ、直之の首を実検しようとした。正純は次ぎの間に退いて静に首桶の蓋をとり、直之の首を内見した。それから・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
文政四年の師走である。加賀の宰相治修の家来に知行六百石の馬廻り役を勤める細井三右衛門と云う侍は相役衣笠太兵衛の次男数馬と云う若者を打ち果した。それも果し合いをしたのではない。ある夜の戌の上刻頃、数馬は南の馬場の下に、謡の会・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・ああ、二人はもとは家の家来の子で、おとうさんもおかあさんもたいへんよいかたであったが、友だちの讒言で扶持にはなれて、二、三年病気をすると二人とも死んでしまったのだ、それであとに残された二人の小児はあんな乞食になってだれもかまう人がないけれど・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・けれども子供がいつでも大人の家来じゃないからな。一同 そうだとも。花田 じゃいいか。俺たち五人のうち一人はこの場合死ななけりゃならないんだ。あとの四人が画を描きつづけて行く費用を造り出すための犠牲となって俺たちのグループから消え・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ね、千ちゃん、いくら私たちが家来だからって、ものの理は理さ、あんまりな御無理だから種々言うと、しまいにゃあただ、(だって不可 とばかりおっしゃって果しがないの。もうこうなりゃどうしたってかまやしない。どんなことをしてなりと、お詫はあ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・……婆がえろう家来扱いにするのでございますが、石松猟師も、堅い親仁で、はなはだしく御主人に奉っておりますので。…… 宵の雨が雪になりまして、その年の初雪が思いのほか、夜半を掛けて積もりました。山の、猪、兎が慌てます。猟はこういう時だと、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「いえ、道中筋で盛の可いのは、御家来衆に限りますとさ、殿様は軽くたんと換えて召食りまし。はい、御膳。」「洒落かい、いよ柏屋の姉さん、本当に名を聞かせておくれよ。」「手前は柏屋でございます。」「お前の名を問うのだよ。」「手・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・家康はこれを見て彼の家来に命じて人数の少い方を手伝ってやれといった。多い方はよろしいから少い方へ行って助けてやれといった。これが徳川家康のエライところであります。それでいつでも正義のために立つ者は少数である。それでわれわれのなすべきことはい・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・と、すぐにおたずねになりました。「それは、りこうな、りっぱな皇子であらせられます。御殿は金銀で飾られていますし、都は広く、にぎやかで、きれいでございます。」と、家来は答えました。 お姫さまは、うれしく思われました。しかし、なかなか注・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
出典:青空文庫