・・・然らば即ち其年貢の米なり税金なり、百姓町人の男女共に働きたるものなれば、此公用を勤めたる婦人は家来に非ず領民に非ずと言うも不都合ならん。詰る所婦人に主君なしとの立言は、封建流儀より割出しても無稽なりと言うの外なし。此辺は枝葉の議論として姑く・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 従前は其藩にありて同藩士の末座に列し、いわゆる君公には容易に目通りもかなわざりし小家来が、一朝の機に乗じて新政府に出身すれば、儼然たる正何位・従何位にして、旧君公と同じく朝に立つのみならず、君公かえって従にして、家来正なるあり。なおな・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・(家来ランプを点して持ち来り、置いて帰り行ええ、またこの燈火が照すと、己の部屋のがらくた道具が見える。これが己の求める物に達する真直な道を見る事の出来ない時、厭な間道を探し損なった記念品だ。この十字架に掛けられていなさる耶蘇殿は定めて身に覚・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・ 家来の二疋の小猿も、一生けん命、眼をパチパチさせて、楢夫を案内するようにまごころを見せましたので、楢夫も一寸行って見たくなりました。なあに、いやになったら、すぐ帰るだけだ。「うん。行ってもいい。しかしお前らはもう少し語に気をつけな・・・ 宮沢賢治 「さるのこしかけ」
・・・ なんて、力いっぱいからだまで曲げて叫んだりするもんですから、これではとてもいかんというので、プハラの町長さんも仕方なく、家来を六人連れて警察に行って、署長さんに会いました。 二人が一緒に応接室の椅子にこしかけたとき、署長さんの黄金・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・その封建的と申しますのは、ではどういう社会が封建的なのであるか、それを考えてみますと、封建的な社会と申しますのはいつも殿様と家来というものがあったわけです。それから土地と農民との関係では、大きな地主が土地をもっていて、そこで働く農民はみなそ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・などをみると大名の君主とその家来との間にあった極端な形式主義を足場にしたのに対して割合に人間らしい常識を持っていた忠直卿がジリジリしてその腹立ちを当時の君主らしい乱暴狼藉に現わした。そして大名を辞めて殿様でなくなったらすっかりカラッとすんだ・・・ 宮本百合子 「“慰みの文学”」
・・・ちょうど主人の決心を母と妻とが言わずに知っていたように、家来も女中も知っていたので、勝手からも厩の方からも笑い声なぞは聞こえない。 母は母の部屋に、よめはよめの部屋に、弟は弟の部屋に、じっと物を思っている。主人は居間で鼾をかいて寝ている・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この外にまだ三右衛門の妹で、小倉新田の城主小笠原備後守貞謙の家来原田某の妻になって、麻布日が窪の小笠原邸にいるのがあるが、それは間に合わないで、酒井邸には来なかった。 三右衛門は医師が余り物を言わぬが好いと云うのに構わず、女房子供にも、・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ もっとも、家来というものは、そういう悪意はなくとも、主君のすることをほめるものである。それに対してはしかるべき心得がなくてはならない。賢明な大将は、事のよしあしは自分で判断する。したがって「善きことをほめるは道理と思ひ、悪しきことをほ・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫