・・・しかしあの容態では遠からずまいってしまうだろうとは文公の去ったあとでのうわさであった。「かわいそうに。養育院へでもはいればいい。」と亭主が言った。「ところがその養育院というやつは、めんどうくさくってなかなかはいられないという事だぜ。・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・その二 浴後の顔色冴々しく、どこに貧乏の苦があるかという容態にて男は帰り来る。一体苦み走りて眼尻にたるみ無く、一の字口の少し大なるもきっと締りたるにかえって男らしく、娘にはいかがなれど浮世の鹹味を嘗めて来た女には好かるべきと・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・ おげんが養子の兄は無事に自分の役目を果したという顔付で、おげんの容体などを弟達に話して置いて間もなく直次の家を辞して行った。その晩から、おげんは直次の養母の側に窮屈な思いをして寝ることに成ったが、朝も暗いうちから起きつけた彼女は早くか・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・ 私たちは中畑さんのお家で昼食をごちそうになりながら、母の容態をくわしく知らされた。ほとんど危篤の状態らしい。「よく来て下さいました。」中畑さんは、かえって私たちにお礼を言った。「いつ来るか、いつ来るかと気が気じゃなかった。とにかく・・・ 太宰治 「故郷」
・・・をのみながら友達に話をするような体裁のものもあり、あるいはまた独り言ないし寝言のようなものもあるであろうが、たとえどういう形式をとったものであろうとも、読者としては例えば自分が医者になって一人の患者の容態を聞きながらその人の診察をしているよ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・ 病人の容体はよいとも悪いともつかぬうちに年は容捨なく暮れてしまう。新年を迎える用意もしなければならぬが、何を買ってどうするものやらわからぬ。それでも美代が病人のさしずを聞いてそれに自分の意見を交ぜて一日忙しそうに働いていた。大晦日の夜・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
・・・脈を取ったり血を検査したりしたが、別に何も云わないから、自分で胃潰瘍だという事を話して吐血前の容体を云おうとしたが声を出す力がなくて、その上に口が粘ってハッキリ云う事が出来なかった。木下君も来た、金子さんや真鍋さんも来てくれた。杉浦さんが学・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・「今日の容態はどうかしら」道太は座敷へ帰ってから、大きな鮎の塩焼などに箸をつけながら、兄が今ごろどうしているかを気づかった。「さあ、後ほど電話できいてみましょう」そう言って辰之助はどっちり胡坐を組んで、酒を呑んでいた。 そこへ女・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 池辺君の容体が突然変ったのは、その日の十時半頃からで、一時は注射の利目が見えるくらい、落ちつきかけたのだそうである。それが午過になってまただんだん険悪に陥ったあげく、とうとう絶望の状態まで進んで来た時は、余が毎日の日課として筆を執りつ・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・殊に病気の時など医師に対して自から自身の容態を述ぶるの法を知らず、其尋問に答うるにも羞ずるが如く恐るゝが如くにして、病症発作の前後を錯雑し、寒温痛痒の軽重を明言する能わずして、無益に診察の時を費すのみか、其医師は遂に要領を得ずして処方に当惑・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫