・・・ 聞くのみにてはあき足らざらんか、主翁に請いて一室に行け。密閉したる暗室内に俯向き伏したる銀杏返の、その背と、裳の動かずして、あたかもなきがらのごとくなるを、ソト戸の透より見るを得べし。これ蓋し狂者の挙動なればとて、公判廷より許されし、・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・それを、木のふたで密閉したから夜間の冷却が行なわれず、対流が生ぜず、従って有害なものが底のほうに蓄積して窒息死を起こしたのではないかというのである。これが冬期だといったいの水温がずっと低いために悪いガスなどの発生も微少だから害はないであろう・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・あらかじめ無事に収まる地震の分ってる奴等が、慌てて逃げ出す必要があって、生命が危険だと案じる俺達が、密閉されてる必要の、そのわけを聞こうじゃないか。 ――誰が遁げ出したんだ。 ――手前等、皆だ。 ――誰がそれを見た? ――ハ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・新鮮な空気が必要なのに、窓を密閉していたとき、それを開放した彼女の方法は貴重であった。けれども、気温が全くちがい、暑さの全く違うインドで、病室を開け放したらどうだろう。全インドの医者が、インドで窓を開けたら病人の命は忽ち危くされると大抗議を・・・ 宮本百合子 「フロレンス・ナイチンゲールの生涯」
・・・病舎は硝子戸で金網の外から密閉された。部屋には炭酸瓦斯が溜り出した。再び体温表が乱れて来た。患者の食慾が減り始めた。人々はただぼんやりとして硝子戸の中から空を見上げているだけにすぎなかった。 こうして、彼の妻はその死期の前を、花園の人々・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫