・・・とにかくみんな寝巻をぬいで、下に降りて、口を漱いだり顔を洗ったりしました。 それから私たちは、簡単に朝飯を済まして、式が九時から始まるのでしたから、しばらくバルコンでやすんで待っていました。 不意に教会の近くから、のろしが一発昇りま・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ 一日中寝巻姿でゾロリとしている技師ニェムツェウィッチの女房が、騒動をききつけてドアから鼻をつっこみ、それを鎮めるどころか、折から書類入鞄を抱えてとび込んで来たドミトリーを見るや否や、キーキー声で喰ってかかった。「タワーリシチ・グレ・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・夜具やタオル寝巻がお気に入ってその嬉しさは私一人ではありません。何しろ大した苦心をした人物がもう一人ここに控えているのだから。歯の金のことは調べます。全く、色変りの合金の歯などは歓迎でありませんから。注射について書いていて下すっているところ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・死ぬ二、三日前に撮った写真では、タオル寝間着――黒の縞のところに赤っぽい縞が並んでついたの――を着て、『冬を越す蕾』を手にもっているところがとられていました。 国男連中は、まだラジオです。今頃がベルリンの午後三時四時です。オリムピックの・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 酒井亀之進の邸では、今宵奥のひけが遅くて、りよはようよう部屋に帰って、寝巻に着換えようとしている所であった。そこへ老女の使が呼びに来た。 りよは着換えぬうちで好かったと思いながら、すぐに起って上草履を穿いて、廊下伝に老女の部屋・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・お松は寝巻の前を掻き合せながら一足進んで、お花の方へ向いた。「わたしこわいから我慢しようかと思っていたんだけれど、お松さんと一しょなら、矢っ張行った方が好いわ。」こう云いながら、お花は半身起き上がって、ぐずぐずしている。「早くおしよ・・・ 森鴎外 「心中」
・・・平生人には吝嗇と言われるほどの、倹約な生活をしていて、衣類は自分が役目のために着るもののほか、寝巻しかこしらえぬくらいにしている。しかし不幸な事には、妻をいい身代の商人の家から迎えた。そこで女房は夫のもらう扶持米で暮らしを立ててゆこうとする・・・ 森鴎外 「高瀬舟」
・・・暫くして、彼はソッと部屋の中を覗くと、婦人がひとり起きて来て寝巻のまま障子を開けた。「坊ちゃんはいい子ですね。あのね、小母さんはまだこれから寝なくちゃならないのよ。あちらへいってらっしゃいな。いい子ね。」 灸は婦人を見上げたまま少し・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・指は彼の寝巻を掻きむしった。彼の腹は白痴のような田虫を浮かべて寝衣の襟の中から現れた。彼の爪は再び迅速な速さで腹の頑癬を掻き始めた。頑癬からは白い脱皮がめくれて来た。そうして、暫くは森閑とした宮殿の中で、脱皮を掻きむしるナポレオンの爪音だけ・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・病舎の燈火が一斉に消えて、彼女たちの就寝の時間が来ると、彼女らはその厳格な白い衣を脱ぎ捨て、化粧をすませ、腰に色づいた帯を巻きつけ、いつの間にかしなやかな寝巻姿の娘になった。だが娘になった彼女らは、皆ことごとく疲れと眠さのため物憂げに黙って・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫