・・・そのマシン油たるや、充分に運転しているジャックハムマーの、蝶バルブや、外部の鉄錆を溶け込ませているのであったから、それは全く、雪と墨と程のよい対照を為した。 印度人の小作りなのが揃って、唯灰色に荒れ狂うスクリーンの中で、鑿岩機を運転して・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・徹頭徹尾、今の婦人と今の男子とを相対照して今の関係にあらしむるは、我輩のあくまでも悦ばざる所なれども、眼を転じて一方より考うれば、本来物の高低・強弱・大小等は相対の関係にして絶対の義にあらず。高きものあればこそ低きものもあり、強大あればこそ・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・今試みに蕪村の句をもって芭蕉の句と対照してもって蕪村がいかに積極的なるかを見ん。 四季のうち夏季は最も積極なり。ゆえに夏季の題目には積極的なるもの多し。牡丹は花の最も艶麗なるものなり。芭蕉集中牡丹を詠ずるもの一、二句に過ぎず。その句また・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 男のひとにしろ、そういう社会的な障害にぶつかった場合、やはりとかく不満や居心地わるさの対照に女をおいて、女らしさという呪文を思い浮べ、女には女らしくして欲しいような気になり、その要求で解決がつけば自分と妻とが今日の文明と称するもののう・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・一応文学趣味を今日も満足させている芥川龍之介の散文が、教養的であっても、極めて脆い体質をそなえていることなどと著しい対照をも示すわけだろう。 藤村の歿後、何かの新聞に島崎鶏二氏の書いた文章を見かけた。そして生涯精励であるいかなる作家も、・・・ 宮本百合子 「あられ笹」
・・・監督の意図では沙漠というものの持つ広大な自然力と小さい人間との対照、並に小さい躯に盛られている人間の自然に対する闘争力を描いて、中尉ルドヴィッチの人間的再出発の説明にあてようとしたのであったかも知れない。残念ながらこの意図は完全に失敗してい・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・原文とイギリス訳とを対照せられたのは決して、徒労ではなかった。五 私は自分の訳本ファウストについて、一度心の花に書いたことがある。その中に正誤表を作った事や、象嵌で版型を改めた事を言った。然るにその正誤表がまだ世間に行き渡っ・・・ 森鴎外 「不苦心談」
・・・湯の青色と女の体、女の体と髪の黒色、あるいは処々に散らばる赤、窓外の緑と檜の色、などの対照も、きわめて快い調和を見せている。濃淡の具合も申しぶんがない。――しかし難を言えば、どうも湯の色が冷たい。透明を示すため横線を並べた湯の描き方も、滑ら・・・ 和辻哲郎 「院展遠望」
・・・小林氏が写生を試みて写実にならなかったのとは著しい対照である。また小林氏ができ得るだけ静かな淡い調子を出しているに反して、この画はでき得るだけ強い烈しい調子を出している。もし手法の剛健を喜ぶならば、この画は新しい日本画として相当の満足を与え・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・丹と白との清らかな対照は重々しい屋根の色の下で、その「力の諧調」にからみつく。その間にはなお斗拱や勾欄の細やかな力の錯綜と調和とが、交響の大きい波のうねりの間の濃淡の多いささやかなメロディーのように、人の心のすみずみまでも響きわたるのである・・・ 和辻哲郎 「偶像崇拝の心理」
出典:青空文庫